臆病者で何が悪い!
映画を観終えた後、少し早めの時間ではあったけれど、近くの居酒屋に入った。お洒落な雰囲気のダイニングバーのような場所ではなく、本当にサラリーマンが憩うような庶民的で騒がしい居酒屋だ。こういう場所の方が、この、常に横たわっている感じの緊張を解けるような気がして、生田の店の選択にこっそり感謝した。
「じゃあ、とりあえず乾杯」
カウンター席に並んで座った私たちは、まっさきに注文した生ビールのジョッキをカチンと合わせた。やっぱり一口目のビールは最高だ。夏のビールも最高に美味しいけれど、秋に飲むビールも格別。ビールが喉を通って行くと共に、無意識のうちに力が入っていた身体が緩んで行く。
「美味しい!」
思わず私がそう零すと、生田が頬杖をついて私を見た。
「あんた、本当に美味そうにビール飲むよな」
「そ、そう?」
「ビアガーデン行った時も、そう思った」
ビアガーデン。そう言えば、二人で行った。あの時、生田を凄く近くに感じたんだっけ。私を見つめる生田の目が、いつもと違う性質のものに思えて慌てて逸らす。
「それにしても、映画、最高に良かったよね!」
ジョッキを両手で握り締め、話題を変えた。
「最後の方なんか、あんた、開き直ったかのように大泣きしてたもんな」
生田がくすりと笑う。その笑い方がバカにしているようで優し気に見えてしまうのは、どうしてだ?
「しょうがないよ。主人公の光太郎の深い愛に感動しちゃって。美紀は本当に幸せ者。あんな風に愛されて。一人の人にあれだけ想ってもらえるのなら、そのほかの男なんてどうだっていいのに。いつだって大切にされて、見えないところで守られていて……」
思い返してみてもじんとする。
一人のごく普通の青年光太郎が、一目ぼれした女性に全身全霊で愛を注ぐのだ。
その女性美紀は、美しくいつも人の輪の真ん中にいて、愛されることに慣れていて。だから、光太郎の愛に見向きもしない。それでも、光太郎は見返りを求めず、ただ美紀を愛し続ける――。
また思い出して涙が込み上げて来そうになって、誤魔化すようにビールを煽る。
隣の生田も同じようにビールを飲み干していた。
「他人事みたいに言ってるけど」
飲み終えたジョッキをテーブルに置くと、生田が私を見る。
「あんたも、これから美紀と同じように愛されまくるんだろうが」
「は、はあ?」
な、なに――?
この人、何言っちゃってんの――?
もう、酔ってるの?
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか。突き詰めるのもよくない気がしてとりあえずまたジョッキを口に運ぶ。
「違うな。あれ以上かな」
「――ぶっ」
焦ったように口にしたビールを吐きそうになった。
そんな台詞を真顔で言わないで。どう返したらいいのかなんて、私の恋愛スキルでは対応不可だ。