そうだ、鏡は異世界に通じているらしいよ
「……とてもそうは見えないんですが」

いつでも逃げられるように逃走の体勢を取りつつ、彼に言う。

ちらっと辺りを見回す限り、ここはまるで城だ。よく時代劇に出てくるアレそのものなのである。

「あー……そりゃあそうなるよね。うんうん、仕方ないか。でも僕が嘘をついてる訳じゃないよ?きみがどんなに抗おうと、ここは99年後の未来」

彼は口角を吊り上げた。

「でもきみが元々いた世界の99年後じゃない。きみ、ここに来る前に神社の奥まったところに行かなかったかい?」

「はぁ、まあ行きましたけど」

「導いたのは僕なのさ。人と神との住まう世界を分ける、最後の境界線をきみに超えさせたのも僕だ」

私の明らかな困惑と警戒の表情を見て取ったのか、彼は少し私から距離を取った。危害は加えない、と言いたいらしい。そしてスッと真面目な表情になった。

「まぁ早い話、ここはきみがいた人間界じゃない。付喪神って分かる?」

勿論分かる。付喪神とは、作られてから99年以上が経過したモノに対する人間の強い愛情や愛着、想いが形を取った神。神道の考え方だ。

こくりと頷く。

「ここは付喪神たちが住まう世界なんだ。それも99年前、きみの持ち物だったモノたち」


さも当然であるかのように。さらりと彼はそう言った。

「ごめんね、混乱してるでしょ。無理もないよ」

無言で目を白黒させる私に、彼は着いてきてと声を掛けた。






「そうだ、君の名前なら知ってるから大丈夫だよ。雨宮結月でしょ」

「え、あぁ、はい」

確かに私の名前は雨宮結月だ。長い廊下を歩きながら、彼は後ろを歩く私にそう言った。でも私はまだこの人の名前すら知らないんだが。さっきから聞こうとしても煙に巻かれ続けている。

「あっはは、まあ僕の事はあだ名ででも呼んでくれればいいよ。

龍、ってね」

「龍……」

本名ではないのだろうが、ひとまず彼が折れて呼び名を与えてくれた事に安堵する。






「きみをここに引きずり込んだのには、ちゃんと理由がある」

私は知らなかった。見えなかった。聞こえなかった。その時の彼が何と言い、どんなに哀しそうな表情をしていたかなんて。
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