蜜月なカノジョ(番外編追加)

そうは言ってもできることなら面倒事は起こって欲しくない。
そんな私の願いは、拍子抜けするほどあっさりと叶ってくれた。
というか、小笠原君と顔を合わせる機会がほとんどなかったという方が正しいのだけど。

他店での経験があるとはいえ、まだ若い彼はあくまでもボヌールでは新人扱い。
最新マシンの使い方やうちのお店で扱っている豆に関する知識、挽き方、接客に至るまで。最初の一ヶ月は先輩バリスタがつきっきりで研修をして、実際に彼がお店に出てくることはほとんどなかった。

そのうちホールに出てくるようになっても、基本的な仕事内容が違う私とはあまり接点がなかった。それに加えて微妙にシフトがずれていて、幸い休憩が重なることもなかった。
本人に確認したわけじゃないけど、おそらくナオさんか、あるいは葵さんがそうなるように配慮してくれたのではないかと思ってる。


ボヌールは今も変わらぬ人気店で、若くてかっこいいバリスタが仲間入りしたというのは、お客さんの間でもちょっとした話題になっているらしい。(と他のスタッフや実際にお客さんの話から聞こえてきた)
だから小笠原君は毎日目が回るほどに忙しそうにしていて、もしその気があったとしても、ゆっくり話をする時間なんて現実的にほぼないに等しかった。


本当のことを言えば、時々彼の視線を感じることはある。
何かを言いたそうにして私の様子を伺っている。
きっと自意識過剰なんかではないその事実を、私は見て見ぬ振りをしていた。


そうして瞬く間に二ヶ月ほどが過ぎ、私は完全に油断していたのだ。

< 341 / 400 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop