蜜月なカノジョ(番外編追加)

シン…とその場が静まり返る。

そんな中、私だけがはぁはぁと肩を揺らして息を上げていた。
あまりにも必死な私の訴えに、小笠原君からはすっかり怒気が抜けてポカンとしている。

「…杏。ありがとう」

そっと引き寄せられると、そのままぽんぽんと子どもをあやすようにナオさんの手が優しく私の心ごと落ち着かせていく。
その温もり一つで、私の中を渦巻く色んな感情が綺麗に流されていく。

チュッと額にキスを落とすと、ナオさんは小笠原君に目をやり、そうして呆然とこれまでのやりとりを見ていたスタッフへと振り返った。

「見ての通り俺は男だ。結果的に騙すことになってしまったけど、そのことに対して謝るつもりはない。色んなことがあって俺は『黒崎直斗』としてではなく、『黒崎ナオ』として生きていこうと思ってた。男としての自分はいらないと思ってた。…でも杏に出逢ってその考えが根底から覆された。封じ込めたまま一生姿を現す必要なんてないだろうと思っていた男としての俺が、杏に出逢ったことで目覚めてしまったんだ」

誰一人口を挟むことなく、食い入るようにナオさんの言葉に耳を傾ける。

「当然俺の中にも色んな葛藤があった。それでも、男として、一人の人間として杏を守りたい。その想いだけは揺らがなかった。杏は全てを知った上で俺を受け入れてくれたんだ。こんな俺を気持ち悪いと思う奴もいるだろう。騙されたと思う奴もいるだろう。俺の下で働くのなんてご免だと思うやつだっているかもしれない。…それはそれで仕方のないことだと思ってる。その時には責任持って次の職場を見つけるから、遠慮せずにそう申告して欲しい」

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