百花繚乱 社内ラブカルテット
紀子ちゃんは、私が担当した中で一番苦労した新人だ。
ちょっと頑固で、持ち合わせている知識で解決できない疑問が湧くと、それ以上先に理解を進めることができず、手が止まってしまう。


覚えてもらわなきゃいけない仕事はたくさんあるし、教える側としては、まず深く考えずに『HOW TO』だけ先にのみ込んでもらいたいと言うのが正直なところ。
どうしてそうなるのか、と理解を深めるのは、事務をこなせるようになってからでいい。
実際私もそうやって仕事を覚えてきた。


三ヵ月経った頃には、他の新人よりも明らかに遅れをとってしまい、指導担当として悩み、戸惑った。
でも紀子ちゃんの言い分も理解できる。
覚えるのは彼女だから、できる限り彼女のペースに合わせた。
焦りを押し殺して、一緒に何度も立ち止まって、OJT期間の半年を過ごした。


入行から半年は試用期間だった新人たちも、十月一日をもって、本雇用の『行員』という立場になる。
手取り足取りの新人指導は、ここが最初の節目。
つい先日行われた店内恒例の期末乾杯では、今までにない充実感で、私もホッと胸を撫で下ろした。


ところが、下半期が始まってたった一週間の昨日。
週明けの朝礼で、突然彼女が年末での寿退社を発表したのだ。


――そうだった。昨日は朝から予想外のことが多かった……。


私は胸元に毛布をしっかりと抱えながら、がっくりとこうべを垂れた。
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