春色のletter
「どうぞ、上がって」


「はい」


私はさりげなく郵便受けを覗いたけど、今日はまだ手紙が届く日じゃなかった。


「どうしたんですか?」


淳さんが私を見ていた。


「ううん、何でも。さ、2階よ」


私は彼女の先を案内しながら階段を上った。


「へえ~、このサロンみたいなの素敵ですね」


「ここ、古いんだけど洒落ているのよね」


「いいな~、私もこんなとこ住みたいな」


「空いたら住む?」


私は鍵を開けながら顔を向けた。


「ええ、是非♪」


私は口元の笑みで答えた。


そうできたらいいんだけど、実際のところ、私が住み始めて部屋が空いたことはない。


誰もここを動こうとしないのだ。


これからも、どこかが空く気配はなかった。
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