春色のletter

私はセクションルームへ戻ると、窓辺に座る佐伯さんの方を見た。


先に戻っていた佐伯さんが、何かを考え込んでいた。


彼が私に気が付いたので、私は自分のデスクの前から彼に向かって、深々と頭を下げた。


顔を上げると、彼はちょっと躊躇したが、笑みを作ってくれた。


(優しい人だ)


私がそのままデスクに座ると、彼は私を呼んだ。


「夜梨、今夜空いてるか?」


「え?…はい」


普通はみんなが「何だ?」と思う台詞だが、ここでは「またか」と苦笑する。


「じゃあ、うちに飯を食いに来いよ」


「はい」


そう。


彼はしょっちゅう愛妻の手料理を皆に振る舞うのだ。


さっきの台詞が出る度に、誰かが彼の家に連れて行かれる。


奥さんの沙也さんも料理が趣味なので、来客を喜んでくれるし、人柄も素敵な人だ。


4才になる娘の美沙ちゃんもすごく良い子でかわいいのは確か。


だから、私も誘いを特に拒んではいない。


それに、今日は慰めてくれるつもりなのだろう。


自分でも独りで考え込みたくなかった。
< 8 / 487 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop