春色のletter
私はセクションルームへ戻ると、窓辺に座る佐伯さんの方を見た。
先に戻っていた佐伯さんが、何かを考え込んでいた。
彼が私に気が付いたので、私は自分のデスクの前から彼に向かって、深々と頭を下げた。
顔を上げると、彼はちょっと躊躇したが、笑みを作ってくれた。
(優しい人だ)
私がそのままデスクに座ると、彼は私を呼んだ。
「夜梨、今夜空いてるか?」
「え?…はい」
普通はみんなが「何だ?」と思う台詞だが、ここでは「またか」と苦笑する。
「じゃあ、うちに飯を食いに来いよ」
「はい」
そう。
彼はしょっちゅう愛妻の手料理を皆に振る舞うのだ。
さっきの台詞が出る度に、誰かが彼の家に連れて行かれる。
奥さんの沙也さんも料理が趣味なので、来客を喜んでくれるし、人柄も素敵な人だ。
4才になる娘の美沙ちゃんもすごく良い子でかわいいのは確か。
だから、私も誘いを特に拒んではいない。
それに、今日は慰めてくれるつもりなのだろう。
自分でも独りで考え込みたくなかった。