HARUKA~恋~
覚えていた。

知っていた。




私は…





出会っていた。





1年前に。







優しく握られた右手の熱なんか感じられなかった。

一気に血の気が引いた。



「蒼井さん?」

「あっ…何でも無い。えっと…宙太くんと花火しに海に行くんだっけ?」

「そう。それで、その日程なんだけど…」



いた。


1年前と全く同じ場所に。


線香花火だけを、まるで業務をこなすように淡々とやっている。


落ちたら次、落ちたら次…

ハイペースで進めていて、ちっとも長く保たない。


遥奏くんの話が半ば上の空になり、私はその奇妙な人物にやはり心を奪われてしまった。

1年経ってもやはり名前は分からないし、年齢も分からないし、職業も分からない。



でもひとつだけ分かったことがある。






男、だ。






彼女にでも振られて1人思い出の場所で花火をしているみたいなドラマチックなシチュエーションを想像したけれど、的はずれな気がした。


彼から伝わってくるのは、孤独感、悲壮感、絶望感などの粘土質のドロドロな負の感情だけだった。

もっと違う、深くて暗い異物を彼は孕んでいた。


やがて彼に近づき、一直線に並ぶ。





ドクン…





花火を間近で見ている時と同じ衝撃を感じた。



そして、あろうことか遠ざかって行く。


彼は寂しそうに線香花火をやり続けている。



でももう振り返ることは出来ない。

なぜなら今の私に彼の気持ちは分からないから。


そして…


私の隣には大好きな人、私の初めてのカレシがいるから。


「…それで、夏休み最終日になったんだけど、蒼井さんは大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」


適当に相槌を打っても、遥奏くんは微笑んでくれる。




私はもう、1人じゃない。

私には、大切な友達がいて、一生一緒にいたいと強く願う恋人がいる。





だから…



サヨナラ。






私は今年、謎の彼との再会を夜空に願うことはなかった。
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