HARUKA~恋~
「いやあ、見事だったよ!俺らの時代とは比べ物にならないわ。ホント、君たち天才!!」
「そうですか…。やっぱり俺ら、天才なんすね!?」
「そこ、否定するとこ」
「っせえなぁ。遥奏は真面目過ぎんだよ!」
おにぎりを口いっぱいに頬張りながら、男達はたわいない話に花を咲かせていた。
先程のバスケで劇的な勝利を飾った部員達は皆、鼻高々で、食欲も倍増。
50個は作ったと思われる特大おにぎりが15人プラスOB1人に食い荒らされ、すっかりバスケットが空っぽになっていた。
私は、そんな彼らを遠目から見ながら、むさ苦しい部室の唯一の窓から差し込む夕日を眺めていた。
今日の夕日は一段ときれいだ。
私は夕日より月に心惹かれ、よく空を見上げる。
星が見える夜には、手を伸ばして決して掴めないのに掴もうと歯を食いしばる。
痛っ…
脳の奥に鋭い痛みを感じた。
私の記憶の蓋がパカッと空いて、抜け落ちていた記憶の欠片が現れた。
左手…
私が伸ばした手を誰かが、横からものすごい力で掴んだんだ。
「晴香、空に帰るの?」
「えっ…」
「晴香は帰っちゃダメだよ。ずっと僕の隣りで笑ってて。…晴香は僕の太陽だから」
「ハル」
―――――また、だ。
また私の意識は勝手に旅をしていた。
私は夕日に照らされて眩しいのも感じなかったらしく、意識がはっきりすると、すぐさまそこから離れた。
「ハル、大丈夫?もしかして、おにぎり大量に作って疲れた?」
「あっ…大丈夫、大丈夫」
「本当に大丈夫?」
「うん。いや…やっぱり、大丈夫じゃないかも。ごめん、先に帰るね」
私は先輩に今日のお礼を言って荷物をまとめて部室を出た。
途中まで遥奏が心配してついて来てくれた。
「ハルごめんね。なんか、ムリさせちゃったみたいで…」
「気にしないで。私、弁当作るの結構好きだし、皆が喜んだ顔を見るのが楽しみなんだ。喜んでもらえると、スッゴく嬉しいし、誰かのためになってるんだって思うとやる気が出る。だから…」
「ハルって偉いよな。偉いし、純粋だよな」
「純粋?私が?」
そんなこと一度たりとも感じたことがなかったから、私は腰を抜かした。
遥奏は私を見て笑う。
私が好きな笑顔。
でも、好きだった笑顔とは違う。
何だろう、この気持ち…
渦が巻く。
波が押し寄せる。
私は飲み込まれそうになり、必死に泳いで岸に上がった。
私は彼の鏡になりたくて、にっこり笑ってみせた。
「ハル、かわいい」
「…ありがと」
ラズベリーのような甘酸っぱさが私の手の甲に電流を走らせた。
私の頬はすっかり完熟リンゴのように真っ赤になってしまった。
短いようで長い廊下を渡り終え、ようやく昇降口に辿り着く。
ボロボロのスニーカーをいつものように乱暴に投げ捨て、潰した踵に足を滑らせた。
つま先をトントンと鳴らしながらふと床を見ると、泥だらけの汚れたスパイクが目に留まった。
形状や汚れ具合からして野球部のものだと検討がつく。
グローブとボールを探して周囲を見回すと
それらはゴミ箱の中で涙を流していた。
嫌な予感がした。
遥奏は私の視線に気づいて早口で喋り出す。
「ハル、今日はありがと。ゆっくり休んで」
「うん。遥奏、ナイスシュートだったね。かっこよかったよ!次の試合も行くから。…約束」
「わかった、約束する」
小指を絡めて2人で初めての約束を交わした。
彼の体温は、今日も私の心の氷をゆっくりと少しずつ溶かしてくれた。
「じゃあ、また明日」
「じゃあね」
また明日…
私にとって一番大切で忘れたくないあの人に明日はなかった。
あったのは、光を無くした未来だった。
ブザービート。
バスケにおける、奇跡。
私はそんな奇跡に遭遇したのに、心ここにあらずという感じで、どこか遠くを見つめていた。
それは過ぎ去って取り戻せない過去であり、存在を感じられない未来であった。
マスターが倒れて動揺し、冷静を装っていた私だったけど、仮面が外されて本当の私が見え隠れしている。
本当は、今でも怖い。
誰かにこの手を握ってもらえないと落ち着かない。
一度死を目の当たりにした私は、そのぞんざいな恐るべしパワーを知っている。
だから…
怖い。
自分の目の前から大切な人が消えていくのが…
怖くて、
誰にも言えなくて、
本当は、
本当は、
本当は…
私は弱い。
午後5時20分41秒。
見上げた桜に葉は1枚も無い。
「そうですか…。やっぱり俺ら、天才なんすね!?」
「そこ、否定するとこ」
「っせえなぁ。遥奏は真面目過ぎんだよ!」
おにぎりを口いっぱいに頬張りながら、男達はたわいない話に花を咲かせていた。
先程のバスケで劇的な勝利を飾った部員達は皆、鼻高々で、食欲も倍増。
50個は作ったと思われる特大おにぎりが15人プラスOB1人に食い荒らされ、すっかりバスケットが空っぽになっていた。
私は、そんな彼らを遠目から見ながら、むさ苦しい部室の唯一の窓から差し込む夕日を眺めていた。
今日の夕日は一段ときれいだ。
私は夕日より月に心惹かれ、よく空を見上げる。
星が見える夜には、手を伸ばして決して掴めないのに掴もうと歯を食いしばる。
痛っ…
脳の奥に鋭い痛みを感じた。
私の記憶の蓋がパカッと空いて、抜け落ちていた記憶の欠片が現れた。
左手…
私が伸ばした手を誰かが、横からものすごい力で掴んだんだ。
「晴香、空に帰るの?」
「えっ…」
「晴香は帰っちゃダメだよ。ずっと僕の隣りで笑ってて。…晴香は僕の太陽だから」
「ハル」
―――――また、だ。
また私の意識は勝手に旅をしていた。
私は夕日に照らされて眩しいのも感じなかったらしく、意識がはっきりすると、すぐさまそこから離れた。
「ハル、大丈夫?もしかして、おにぎり大量に作って疲れた?」
「あっ…大丈夫、大丈夫」
「本当に大丈夫?」
「うん。いや…やっぱり、大丈夫じゃないかも。ごめん、先に帰るね」
私は先輩に今日のお礼を言って荷物をまとめて部室を出た。
途中まで遥奏が心配してついて来てくれた。
「ハルごめんね。なんか、ムリさせちゃったみたいで…」
「気にしないで。私、弁当作るの結構好きだし、皆が喜んだ顔を見るのが楽しみなんだ。喜んでもらえると、スッゴく嬉しいし、誰かのためになってるんだって思うとやる気が出る。だから…」
「ハルって偉いよな。偉いし、純粋だよな」
「純粋?私が?」
そんなこと一度たりとも感じたことがなかったから、私は腰を抜かした。
遥奏は私を見て笑う。
私が好きな笑顔。
でも、好きだった笑顔とは違う。
何だろう、この気持ち…
渦が巻く。
波が押し寄せる。
私は飲み込まれそうになり、必死に泳いで岸に上がった。
私は彼の鏡になりたくて、にっこり笑ってみせた。
「ハル、かわいい」
「…ありがと」
ラズベリーのような甘酸っぱさが私の手の甲に電流を走らせた。
私の頬はすっかり完熟リンゴのように真っ赤になってしまった。
短いようで長い廊下を渡り終え、ようやく昇降口に辿り着く。
ボロボロのスニーカーをいつものように乱暴に投げ捨て、潰した踵に足を滑らせた。
つま先をトントンと鳴らしながらふと床を見ると、泥だらけの汚れたスパイクが目に留まった。
形状や汚れ具合からして野球部のものだと検討がつく。
グローブとボールを探して周囲を見回すと
それらはゴミ箱の中で涙を流していた。
嫌な予感がした。
遥奏は私の視線に気づいて早口で喋り出す。
「ハル、今日はありがと。ゆっくり休んで」
「うん。遥奏、ナイスシュートだったね。かっこよかったよ!次の試合も行くから。…約束」
「わかった、約束する」
小指を絡めて2人で初めての約束を交わした。
彼の体温は、今日も私の心の氷をゆっくりと少しずつ溶かしてくれた。
「じゃあ、また明日」
「じゃあね」
また明日…
私にとって一番大切で忘れたくないあの人に明日はなかった。
あったのは、光を無くした未来だった。
ブザービート。
バスケにおける、奇跡。
私はそんな奇跡に遭遇したのに、心ここにあらずという感じで、どこか遠くを見つめていた。
それは過ぎ去って取り戻せない過去であり、存在を感じられない未来であった。
マスターが倒れて動揺し、冷静を装っていた私だったけど、仮面が外されて本当の私が見え隠れしている。
本当は、今でも怖い。
誰かにこの手を握ってもらえないと落ち着かない。
一度死を目の当たりにした私は、そのぞんざいな恐るべしパワーを知っている。
だから…
怖い。
自分の目の前から大切な人が消えていくのが…
怖くて、
誰にも言えなくて、
本当は、
本当は、
本当は…
私は弱い。
午後5時20分41秒。
見上げた桜に葉は1枚も無い。