HARUKA~恋~
遥奏とギュッと手をつないで、鮮やかで華やかなイルミネーションで彩られた遊園地を散策し、遥奏と別れて1人電車に揺られ、自宅に帰って来た。


珍しく淡いオレンジ色の灯りがカーテンの隙間から漏れていた。


「ただいま」

「おう、お帰り」


見ない間に白髪が増えた。
真っ黒で少しクセがあった髪の毛に、たくさん白髪が混じっている。

あの日から時間が流れていることを認めざるを得ない変化に、私はたじろいだ。


「晴香、バイトか?」

「あっ…うん」

「お疲れ様。…そうだ、晴香の好きなケーキ、買ってきたぞ!」


久しぶりに父親らしいことをしようと必死になっているけれど、私はそれが父の心の負担になっていることは重々承知している。
無理して父親気取りをする彼に、怒りに似たドロドロとしたマグマのような感情が沸いてくる。

噴火させてはいけないと自分自身を制御するため、もう1つの部屋に身を隠す。

ふと、机の上を見ると封筒が2つ置かれていた。
1つは毎月の父親からの生活費が入った茶封筒。
もう1つは、サンタクロースやトナカイが描かれた可愛らしい封筒だった。


「ああ、それ、ポストに入ってた。晴香、ポスト毎日見てないだろ?ずいぶんチラシたまってたぞ。ゴミ箱に捨てて置いたからな~」


私は封筒を裏返し、シールを破れないよう慎重に剥がし、中身を確認した。

去年と同じ白い便箋が入っていた。
ゆっくりと開き、目を通す。

そこには差出人の筆跡を残さぬよう、パソコンで文字が打たれ、こう書かれていた。





蒼井晴香様

お元気ですか?
この手紙を書いている私は、風邪を引いてしまって喉が痛くて咳も酷くて、声が出ません。
最近寒いので、晴香さんも気をつけて下さい。


今年のクリスマスはどのようにお過ごしですか?私は晴香さんが誰かと一緒に過ごせていることを祈っています。

…というのは嘘で、本当は今すぐにでも晴香さんに会いたいです。

会って抱き締めたい。
会っていっぱい話したい。
一緒に笑いあいたい。
ケーキも食べたい。
イルミネーションも見たい。
きれいな夜景も見たい。


私は晴香さんの幸せを遠くから見守っています。

いつか、私を見つけて下さいね。
私が晴香さんを見つけたように…


それでは、最後に…

Merry Christmas!

I love you forever.







「晴香!!どうした!?」


私は玄関のドアをこじ開け、勢い良く外に飛び出した。





走った。




走った。




走った。




とにかく走った。



でも…




誰もいなかった。

私の名前を呼んでくれなかった。




辺りを何度も何度も見回す。





私はここに居るよ。




私はここであなたを探しているよ。




だから、




だから…




お願い、出てきて…









私の名前を呼んで…













「晴香は僕の月だよ。夜になっても僕を照らしてくれる。太陽と月は追いかけっこして、普通は会えないけど、晴香は24時間、僕を優しく照らしてくれてるんだよ」












誰?











あなたは…











誰?












「…ありがと、晴香」














私は、大切な記憶を無くした。


1番覚えて置かなくちゃならなかった、あの笑顔の持ち主を忘れてしまった。


頭を抱えて思考を巡らせても、顔がぼやけてはっきりと見えない。

声だけが頭の中で反芻している。






「晴香」



「晴香」



「晴香…」



「晴香……」











私はあなたが…













好きだった…













大好きだった…












なのに、どうして?


どうして、思い出せないの?







「ねえ、どうして!?」








瞳の奥がじわじわと熱を帯びて来る。

私の瞳は間欠泉。

瞼を越えて一気に涙が溢れ出す。
頬を伝い、顎からポタポタと雫が落ちて、真っ白のキャンバスに水玉模様が現れる。

やがて、冷たい人工的な黒いキャンバスに変化した。
決して、真っ白に戻ることはなかった。











午後11時17分25秒。

聖なる夜に、狼は月を見つめて遠吠えした。
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