HARUKA~恋~
「おいっ!!アオハルこっち手伝ってくれよー」

「分かってるけど、私、今手離せないの!!」


煙が目に染みて痛い。
宙太くんはもうすっかり煙まみれで、ジャージが所々黒ずんでいる。



彼が不器用で素直なのは分かっている。

だから彼もまた放っておけない。


「彩芽ちゃん、宙太くんを手伝ってもらっても良い?」

「うん、良いよ~」


同じ班の彩芽ちゃんに彼を託し、私は必死に野菜を切る。

只今大量のキャベツと格闘中。

自分だけが食べる訳じゃないから妙に緊張し、手が小刻みに震える。

指を切らないように心で念じながら準備を着実に進める。


「上手いね~。あたしも晴香ちゃんを見習わなきゃ!」


瑠衣ちゃんは料理が苦手らしく、さっきからずっと、ピーラーでニンジンの皮むきをひたすら行っていた。

専ら私が野菜担当で、彼女は助手にもなっていない。

トランペットを吹けるから器用という訳ではないのだとこの経験から心得た。


「荻原くん、肉の方はどう?」

「順調順調!もう少しで焼きに入れる」


その一言を聞いて瑠衣ちゃんのテンションは急上昇し、「キャッハー」と、某ゆるキャラのように奇声を上げている。

それよりニンジンを切ったり、キノコの準備したり、色々他のこともしてほしいのだが、彼女は自分が出来ることしかやらない。
テリトリー外は一切手を出さず、騒ぐことが本業になってしまっている。

彼女がブサイクだったら許されていないと思われる仕事っぷりに、私は呆れ、手を焼いていた。


「蒼井さん、手伝うよ」


天使の声がどこからか聞こえてきた。


ふと左を見ると遥奏くんと目が合った。

私の心臓は、今日もまた忙しい。
このままでは誤作動を起こしかねない。

ひとまず包丁に視線をずらすが、彼の息遣いが伝わってくる距離感に悩まされる。

いっそのこと、隣りにいてくれないほうが良い。

本当はものすごく、飛び跳ねたいくらい嬉しいことなのに…


「蒼井さん?」

「あっ、じゃあ、ここの野菜…」

「宙太に持ってけば良い?」


私は首を大きく縦に振る。

なんか声が出ない。
声帯が麻痺して言葉にならない。


「蒼井さん、料理上手なんだね」


彼はそう言い残し、そそくさと宙太くんの元に去っていった。




―――――蒼井さん、料理上手なんだね。




私の頭の中でその一言が何度も反芻した。


サラッと言われた一言がこんなにもうれしかったのは久しぶりだ。






今日はきっと良い日になる。

私は明確な理由も無くそう思った。
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