Honey ―イジワル男子の甘い求愛―


手には菜穂が指定したケーキ屋さんの箱が持たれている。

七月に入ってからというもの、梅雨は本領発揮とばかりに、飽きずに雨を降らせ続けている。
今週も週間予報は雨マークが並んでいた。

今日も朝から続く雨は未だ降り続いているようで、涼太の服がところどころ濡れていた。
黒いロンTは濡れても目立たないけど、ジーンズに滴の跡がある。

「おー、涼太おかえり。ご苦労。混んでた?」

ニカッと笑って言う菜穂に、涼太は顔を歪めケーキの箱をテーブルの真ん中に置く。

「混んではなかったけど、雨がうっとうしかった。あと、菜穂の頼んだアップルパイは売り切れだった」
「はぁ? なにそれー。私、アップルパイが食べたくてこのお店指定したのに」

「知るか。三千円だったから、千円ずつあとで寄こせよな」
「お。稼ぎ始めたし奢ってくれるって? さすが涼太。イケメンー」

「あ?」と、ギン……とした目つきで睨みをきかせる涼太を気にする様子もなく、菜穂はケーキの箱を開けにかかっていた。

この姉弟はいつもこんな感じだ。こう……菜穂にいいように涼太が使われているというかなんというか。

いくつになってもお姉ちゃんの方が一枚上手なのかなと思ったりもするけれど、多分、菜穂に限ってなんだろうなぁとも思う。

ひとりっ子の私にはよくわからない。

「菜穂、そう言ってこないだも涼太に奢らせてたじゃない。雨の中買い物行ってくれるんだから、それだけで充分イケメンでしょ」

新入社員に何度も奢らせるなんてかわいそうだ。
うちはそこそこ大きな企業だし出世すれば話も別だけど、今の涼太は違う。

だから「涼太、千円、今渡しても平気?」と聞きながら見上げると、まだ立ったままの涼太は眉間にシワを寄せたまま私を見ていた。

なんていうか……不可解そうっていうか、驚いてどんな顔をすればいいのかわからなくてとりあえず顔をしかめているっていうか。

〝マジかよ、こいつ〟みたいな、そんな顔だ。



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