Honey ―イジワル男子の甘い求愛―
会社を出て駅まで歩いていたところで一度ピタッと足を止める。
それから勢いよく振り向いたけれど……そこには、薄暗い細い道が続いているだけだった。
脇道だからか人影はなく、しん、と静まり返っていた。
……おかしいな。たしかに視線を感じた気がしたんだけど。
ここ最近感じている変な視線を、今感じ取った気がしたのは気のせいだったのか。
誰もいない道をじっと見てから、振り返り仕方なく歩き出す。
時間は十九時十分。
大通りなら、帰宅を急ぐサラリーマンやOLで混み合っている時間帯だ。
ここは会社から駅までの裏道だから、人通りはほとんどないけれど。
最近、視線を感じることが増えた気はしている。
でも、これといって実害があるわけでもなく、本当に誰かに見られている気がする……ってだけだから、なにも対策がとれずにいる。
ここまで頻繁だと私の自意識過剰って問題でもない気もする。
でもなぁ……。
菜穂や涼太相手ならまだしも、平均レベルの私を見たところでなんにもならないだろうし……。
そんな風に考えながら肩にバッグをかけ直し、数歩歩いたところで「おい」と声をかけられる。
咄嗟に顔を上げると目の前に誰かが立っていて、ビクッと肩がすくんだ。
それから恐る恐る視線をあげて顔を確認して……それが涼太だって気づきホッと息をつく。
急に現れるからびっくりした。
うしろばかりに意識を集中させていたせいで、前からくる人なんて警戒していなかった。
「なんだ、涼太か……。どうしたの? こっちに用事?」
梅雨が明けたばかりの七月半ば。
涼太はYシャツを腕まくりして、ネクタイも緩めていた。
水色にグレイのストライプの入ったネクタイを、爽やかだなぁと思いながら眺める。