天神の系譜の奇妙なオムニバス
籠島城の天守閣へと上がる間、沖田の視線は伊蔵の背中にあった。

「そう睨まずとも何もせんよ」

振り向きもせず、伊蔵は嗤う。

「古奈美姫をお通しするようにと言い含められている。それまでに彼女を傷つけるような事があれば、俺の首の方が飛ぶ」

「……」

「俺の言う事など信に置けぬか。そうかそうか…」

何処か愉しげに、天守閣への階段を上る伊蔵。

…佐津間が一望できる眺めの良い最上階に、その男はいた。

伊蔵に負けず劣らずの巨漢。

恰幅の良い男だ。

目が大きく、その眼光と巨目で睨まれると、異様な威厳があって、どんな剛の者でも舌が張り付いて物も言えなくなる。

「東郷」

伊蔵が声をかける。

「古奈美姫を連れてきた」

「……」

振り向き、胡坐をかいていた座布団から東郷は立ち上がる。

古奈美を見下ろす巨漢。

それでも。

「この度は会談に応じて下さった事、感謝致します」

古奈美は物怖じする事なく言った。

(あんな大男と、真っ向から口をきくんですか、勅使河原さん…)

沖田が驚く。

人斬り鬼と謳われた彼でさえ、伊蔵を恐れぬ彼でさえ、東郷の前では押し潰されるような威圧を感じるというのに。

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