偽装新婚～イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない～

玄関先で、光一さんはすまなそうな顔で梨花さんに頭を下げる。
「車出せなくて悪いな。腕がこの状態だから」
傷がふさがるまで、運転はとうてい無理だろう。私は免許自体をもっていない
ので、もっと役立たずだ。
「大丈夫、大丈夫。電車で帰れるから。ーーそれよりさ、華ちゃん、いい奥さんね。
あんたたち、結構お似合いよ」
光一さんの口元がふっとゆるんだ。
「まぁね」
「献身なんて言葉、辞書になかった光一がストーカーから身をていしてかばうなんてね〜。自分で思ってる以上に惚れてるんじゃない？あんまり嫉妬深い旦那は嫌われる
から気をつけなさいよ」
「心配ないよ。惚れてるのは、もう自覚したから。それに……嫉妬深くても、嫌い
になったりしないだろ？」
最後の言葉は、私にむけてのものなのだろう。彼は私に目配せをしながら、言った。
私が顔を赤くしながらうなずくと、梨花さんが甘い空気を遮るような大きな声を
出す。
「うわっ。やだやだ、離婚危機の人間を前によくそんなのろけられるわねー。
はいはい、邪魔者はさっさと帰りますよ。ね、リョウ」

梨花さんはリョウ君の小さな手を取りバイバイをする。私たちも手を振り返した。

梨花さんがいなくなった部屋は、少し寂しく感じるほど静かになった。まさに
嵐が過ぎ去った後のようだ。

「すっごいパワフルなお姉さんだねー」
「同い年だし姉って感覚は正直ないんだけど……でも、同母の兄貴よりもなんかウマが合うんだよね」
「うん、よく似てるもん。光一さんと梨花さん」
（なんていうか……私にはない、圧倒的な主人公感が）
私は笑ったけど、光一さんは少し顔を曇らせた。
「全然嬉しくない、それ」
「あはは。それにしても……お姉さんか〜。全然予想もしてなかった」