偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
エピソード0 彼女を見つけた日
話は、はるか昔へとさかのぼる。俺が4歳だったか5歳だったか、ものごごろついたばかりの頃の話だ。


***
「私が奥さんの役で、光一くんが旦那様の役なの」
「ダメだよ!こないだもそうだったもん。今度は私が奥さんの役!」
「私がやるの。光一くんだって、私とのほうが楽しいもんね。そう
言ってたよね?」
(……言ってない。僕もヒーローごっこしたい)
光一は楽しそうに遊ぶ男の子グループを羨ましそうに眺めた。その隣で、
女の子たちのケンカはヒートアップしていく。みかねた先生がやってきて
、仲裁にはいった。
「うんうん。じゃあ、順番こにしようか。光一くんはどう?ふたりと
仲良く遊びたいよね?」
(遊びたくない。ヒーローごっこ……)
光一は訴えかけるように先生を見たが、まるくおさめたいという先生の本音が透けて見えてしまい、なにも言えなくなった。
誰も、幼い光一の胸のうちを察してくれはしなかった。

***

次の話は多感な高校時代。

***

「なにこれ。どういうこと?」
学校の屋上で、女子の集団に取り囲まれた光一は、その中心にいるひときわ美しい少女にそう問いただした。
昨日まで光一の彼女だった八木あおいだ。あおいはポロポロと涙を流すばかりで、なにも答えない。
かわりに口を開いたのは彼女の親友だという女だった。

「あおい泣いてるじゃん。かわいそうだと思わないの?」
「なんで泣いてるの?」
光一はあくまでも、あおいに話かける。だが、答えるのは隣の女だ。
「鈴ノ木くんが急に別れるとかいうから、泣いてるんじゃん。最低だよ」

3か月前、あおいのほうから告白され、付き合うことになった。学年一だと評判の彼女のルックスは、正直、光一も好みではあった。性格は控えめで大人しい。
気が強いタイプよりは自分と合いそうだと思った。ただ、別に彼女のことを
好きだったわけじゃない。はっきりそう伝えたが、彼女はそれでもかまわないと言った。

『少しずつでもいいの。好きになってもらえるように頑張るから』

その言葉がうれしかったし、かわいいと思った。だから、光一は彼女の告白にイエスと答えたのだ。

付き合いは順調だった。
少なくとも光一のほうはそう思っていたのだが、彼女は違ったらしい。
昨日、別の男と手をつないで歩いているところに偶然、遭遇してしまった
のだ。

「別れる理由ははっきりしてるし、八木さんもそのほうがいいでしょ」
自分といるときより、昨日の男といるときのほうが、あおいはずっと楽しそうに見えた。それに、あの男のほうが、きっと自分よりあおいを想っている。
それがわかったから、光一は潔く身をひくことにしたのだ。
あおいに泣かれるようなことをした覚えはない。

光一はあおいに話しかけ続けているのだが、彼女は黙秘権を行使するつもりのようだ。
ギャンギャンとわめくのは、部外者の女たちだ。

「理由は聞いたよ。けど、そもそもあおいが他の男と会ってたのは鈴ノ木くんが全然デートもしてくれないし、メールも電話もくれないせいで……」
「もう一度、話し合うくらいしてもいいよね!ね、みんなもそう思うでしょ」

おせっかいな親友たちのキンキン声に、光一は気が遠くなりそうだった。

(浮気されたほうが悪いのかよ。面倒くせぇ。だいたい……)

「なんで、八木さんがしゃべんないの?文句あるなら自分で言いなよ」
無関係の女にあれこれ口出しされることも腹が立つが、あおいが自分で話さないことが、なにより光一をイラつかせた。

「なんも言わないなら、俺が言うわ。付き合ってはみたけど、あんまり
好みじゃなかった。だから別れてくれる?」

女子の罵声とあおいの泣き声を背に、光一はその場を立ち去った。
悪者扱いされようが、よりを戻せとせっつかれるよりはずっとマシだと思った。

***

女にまつわる思い出はこんなものばかりだ。そんな過去から俺は真理を学んだ。『女は百害あって一利なし』と。
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