偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
「うちってさ、教師だった母親が大黒柱だったのよ。父親は悪い人じゃないんだけど、生活能力は皆無でさ。麻雀好きがこうじて、雀荘経営とか始めたはいいんだけど、まぁ儲からなくてねぇ」
父の雀荘は今も細々と営業しているけど、赤字分は母の給料から補填してもらっているらしい。我が父ながら、本当に情けない。とはいえ、喧嘩しつつも何十年と結婚生活を続けているのだから、ふたりの間には愛があるのかもしれない。ーー少なくとも、私と光一さんよりはきっとあるだろう。

「‥‥なるほど。娘には男で苦労させたくないってことか」
「そういうこと。男選びは妥協しちゃダメって教育され続けた結果よ」
「う〜ん、お母さんの教えも決して間違いではないんだけどね」
「光一さんを紹介したときは、小躍りして喜んでたわ。離婚するなんて言ったら泣くだろうなぁ」
私は深い深いため息を落とす。なにもかもが前途多難すぎて、どこから考えはじめたらいいのかすらわからない。

「まぁ、離婚はいつでもできるんだし焦らずじっくり考えなさいよ。仕事は辞めなくて済みそうなんでしょ?」
「うん!課長がまだ人事部には伝えてなかったみたいで、ギリギリセーフ!成田離婚かって笑われたけど、こっちは全然笑えなかったわよ」
私の言葉に悠里はふっと笑って、それから真面目な顔になって私を見た。

「さっきの質問‥‥大サービスで答えてあげるけど、結婚生活なんて愛があっても大変よ」
「‥‥だよね」
笑おうとしたけど、うまく笑顔を作れなかった。
愛しあって結婚してもうまくいかないカップルだって、たくさんいる。それを最初から愛のない仮面夫婦だなんて、やっぱり無理な話だろう。
離婚。散々口にしていたのに、なぜか現実味のなかったその二文字が、急にずしりとした重みを持って迫ってくる。だけど、不思議と悲しくはなかった。ただただ、虚しいだけだ。
「最後にもうひとつ。厳しいことばっかり言ったから、ちょっとだけ優しくしてあげる。‥‥人間、そんな完璧に演技なんてできないよ。本当の部分もあったんじゃない?続けていくにしろ、別れるにしろ、一度くらい本音で向き合ってみたら?」
「うん、ありがとう。悠里」
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