偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
しばしの沈黙。ちらりと光一さんの様子をうかがってみるものの、彼の表情に変化はない。
ーーあぁ、ベッドを買うまではってことかな!ゆっくり休めなくて仕事に支障がでたら困るもんね。
「うん、わかった。ちょっと寂しい気もするけど‥‥‥新しいベッドが届くまでは隣の部屋を使うね。早く買いにいこうね!」
そういうこと‥‥だよね。大丈夫よね‥‥?一抹の不安を感じつつも、同居初日に波風をたてたくない思いもあって、私は自分自身にそう言い聞かせた。
次の瞬間、光一さんがにっこりと微笑んだ。
ーーあぁ、よかった。やっぱり私が深読みし過ぎただけだ。
ほっとひと安心したのも束の間、光一さんの口からとんでもない台詞が飛び出してきた。
「うーん。そうじゃなくて、寝室はずっと別々ってこと」
「うん?」
彼の優しげな表情と冷たい台詞がチグハグすぎて、理解が追いつかない。
光一さんはふーと大きく息を吐くと、真顔になって私を見据えた。今まで見たこともない、なんの感情も入っていない冷たい目をしていた。

あれ?光一さんてこんな顔だった? 全然知らない人みたいなんだけど‥‥。

「今日は疲れたし、明日にしようかと思ってたけど‥‥早い方がいいか。あのさ、俺、たしかに結婚はしたかったんだけど正直それだけなんだ。結婚生活には興味ないというか‥‥面倒くさい。だから、俺のことは夫というより同居人とでも思ってくれる?」
「‥‥えっと‥‥なんの冗談?あ、光一さん実はお芝居が趣味とか?」
あははという私ひとりの虚しい笑い声が響く。
「冗談じゃないよ、本気。ほら、俗に言うアレ、仮面夫婦だっけ?そんな感じでよろしく」
そう言って、光一さんは極上の笑みを見せた。優しく、甘く、包容力があって‥‥ずっとこの笑顔に憧れていた。
のはずなのに、今は悪魔の微笑みとしか思えない。
ーー人間の目なんて、いい加減なものなのねぇ。

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