偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
週の真ん中、水曜日。いつになく平和で穏やかな一日を壊したのは、受付にやってきたひとりの男だった。
「お待たせ致しました。お約束でしょうか」
私は営業スマイルを浮かべて、目の前の男性に声をかける。成人男性としては痩せすぎで、
不健康そうな印象の男だった。目を覆うほど前髪が長く、スーツもよれよれ。お世辞にも洗練されているとは言い難い容姿だ。
けれど、そんなことはもちろん顔には出さない。長年受付業務をしていれば、色んなタイプ
の客がいることはわかっているし、地位のあるエリートでも容姿に無頓着な人間は結構いるものだ。
「三島物販の新庄です。システム課の田中さんに用があって……アポはないんですけど、急用で……」
男は外見の印象に違わない、ボソボソとした気弱な話し方をする。
「かしこまりました。では、田中に連絡を取りますので少々お待ちいただけますか」
三島物産は電子機器を扱う専門商社だと記憶している。システム課と付き合いがあるのはおかしくない。
携帯で連絡を取り合える今どきは、アポ無しの客は珍しいが、そういうこともあるのだろうと
私は深く考えずにシステム課に内線をかけた。生憎、田中さんは外出中で不在だった。
「新庄さま。申し訳ございません。田中は外出しておりまして、本日は夕方まで戻らない
予定です。新庄さまがいらしてくださったことは、課の者から伝えておきますので」
私は新庄という客に頭を下げる。
「そうですか。それなら、仕方ないですね」
新庄はそうは言ったものの、なかなか立ち去ろうとしない。なめるような目つきで、じっとこちらを見ている。
「あの、急用でしたら田中の携帯に連絡を取りましょうか?」
「いえ。田中さんのことは別にいいんですが……」
「では、他になにか?」
「ここの受付の女性はあまり感じが良くないですよね。前に来たときに対応してくれた若い
女の子は言葉遣いもなってなかったし」
私は少し面食らった。こういうクレームを言ってくる客はたまにいるが、目の前の気弱そうな
男はそういうタイプには見えなかったからだ。
もしかしたら、本当に過去に失礼な対応があったのかも知れない。いまの自分の対応にも、なにかまずいところがあっただろうか。私は表情を引き締め、目の前の男に向き直った。
「それは、大変申し訳ございませんでした。失礼な言動がございましたら、すぐにご指摘ください。必ず改善するように致しますので」
「うーん。失礼な言動というか、ここの子たちって見た目ばっかり気にしてる感じだよね。
若くてかっこいい男に媚びてるっていうかね」
「はぁ……」
それはさすがに言いがかりというか、被害妄想が過ぎるんじゃないかと思うものの……とても
口には出せないので、私は曖昧な笑みを浮かべたまま彼の愚痴を聞いていた。
最初のおとなしそうな印象とはまるで別人のように、新庄は偉そうな口調で話し続ける。
「お待たせ致しました。お約束でしょうか」
私は営業スマイルを浮かべて、目の前の男性に声をかける。成人男性としては痩せすぎで、
不健康そうな印象の男だった。目を覆うほど前髪が長く、スーツもよれよれ。お世辞にも洗練されているとは言い難い容姿だ。
けれど、そんなことはもちろん顔には出さない。長年受付業務をしていれば、色んなタイプ
の客がいることはわかっているし、地位のあるエリートでも容姿に無頓着な人間は結構いるものだ。
「三島物販の新庄です。システム課の田中さんに用があって……アポはないんですけど、急用で……」
男は外見の印象に違わない、ボソボソとした気弱な話し方をする。
「かしこまりました。では、田中に連絡を取りますので少々お待ちいただけますか」
三島物産は電子機器を扱う専門商社だと記憶している。システム課と付き合いがあるのはおかしくない。
携帯で連絡を取り合える今どきは、アポ無しの客は珍しいが、そういうこともあるのだろうと
私は深く考えずにシステム課に内線をかけた。生憎、田中さんは外出中で不在だった。
「新庄さま。申し訳ございません。田中は外出しておりまして、本日は夕方まで戻らない
予定です。新庄さまがいらしてくださったことは、課の者から伝えておきますので」
私は新庄という客に頭を下げる。
「そうですか。それなら、仕方ないですね」
新庄はそうは言ったものの、なかなか立ち去ろうとしない。なめるような目つきで、じっとこちらを見ている。
「あの、急用でしたら田中の携帯に連絡を取りましょうか?」
「いえ。田中さんのことは別にいいんですが……」
「では、他になにか?」
「ここの受付の女性はあまり感じが良くないですよね。前に来たときに対応してくれた若い
女の子は言葉遣いもなってなかったし」
私は少し面食らった。こういうクレームを言ってくる客はたまにいるが、目の前の気弱そうな
男はそういうタイプには見えなかったからだ。
もしかしたら、本当に過去に失礼な対応があったのかも知れない。いまの自分の対応にも、なにかまずいところがあっただろうか。私は表情を引き締め、目の前の男に向き直った。
「それは、大変申し訳ございませんでした。失礼な言動がございましたら、すぐにご指摘ください。必ず改善するように致しますので」
「うーん。失礼な言動というか、ここの子たちって見た目ばっかり気にしてる感じだよね。
若くてかっこいい男に媚びてるっていうかね」
「はぁ……」
それはさすがに言いがかりというか、被害妄想が過ぎるんじゃないかと思うものの……とても
口には出せないので、私は曖昧な笑みを浮かべたまま彼の愚痴を聞いていた。
最初のおとなしそうな印象とはまるで別人のように、新庄は偉そうな口調で話し続ける。