偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
「はい」
「なにかあったら、連絡しろよ」
その声は心から私を心配してくれているように聞こえた。

小さくなっていく光一さんの背中を見つめながら、私は考えた。
いまのは会社用のホワイト光一さんだったのか、素のままの彼の姿だったのか。

『本当の部分もあったはず』
いつか、そう言っていた悠里の顔が脳裏に浮かんだ。
彼女はこうも言っていた。
『本音で向き合ってみるべき』

そんなこと、できるだろうか。できたとして、私たちの関係はなにか変わるのだろうか。

その日、私はいつもより少し遅くマンションに帰った。光一さんはもっと遅いだろうから、寂しいひとりディナーはパスタか炒飯か、簡単なもので済ませよう。冷蔵庫にはなにが残っていだだろう。

そんなことを考えながら玄関を開けると、そこにはピカピカに磨かれ少しも汚れていない
ダークブラウンの革靴がきちんと揃えて置かれていた。
「光一さん?帰ってたの?」
私は少しあわてて、リビングの扉を開ける。

「おかえり。俺のほうは社内の会議が延期になって、営業先から直帰」
光一さんはキッチンでお皿を洗っているところだった。
「ごめん。ごはん、今から作るから」
私はバッグを置いて、リビングの椅子にかけっぱなしにしていたエプロンを手に取る。
「いや。俺はもう適当に作って食べたから。冷蔵庫の食材は使わせてもらった」
「……ごめんなさい」
光一さんは仕事が忙しく夕食は外で済ますことが多い。たまの早い日くらい、きちんとした食事を食べたかったはずだ。私はそう思ったけど、彼は首をひねった。
「なんで謝るの? 言ったじゃん。奥さんの役割は別に求めてないって」



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