偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
ふいに男と目があった。男はバツが悪そうにさっとそらしたが、その後もチラチラとこちらの様子をうかがっている。

なんだろう……なんとなく嫌な感じだ。

「あっ!」
男の正体に気がついて、私は思わず小さな声をあげてしまった。
書類をチェックする振りをしながら、さりげなく男の方に目を向ける。

やっぱり。間違いない。この前、受付でセクハラもどきの言動をして光一さんにガツンと注意を受けた男だ。
またなにかイチャモンをつけにきたのだろうか。上司に報告……と思ったが、相手は一応は取引先の社員だ。純粋に仕事で来ているだけかもしれないし、報告するほどのなにかをされたわけでもない。

そもそも、私の上司である山田課長(46歳・いまどき珍しいバーコードハゲ!)は、
典型的な事なかれ主義で、報告したところでなにか対応してくれるとも思えなかった。

「仕方ない。しばらく様子を見ておくか」
「深刻な顔して……どうかしたの?」
ひとり言のつもりだったものに返事があった。
私は驚いて、顔を上げる。
「松島さん!」
「おつかれさま」
ランチ休憩の帰りだろうか。財布だけを手に持った松島さんがニコニコと笑っていた。
「どうかしたの?難しい顔してるけど」
少し迷ったすえに私は松島さんに男のことを告げた。彼はこの前の騒動を知っているし、適切なアドバイスをくれるかもしれない。
「……特になにをされたというわけでもないので、上司に報告するのもためらわれて」
「なら警備さんに事情を話して、しばらくロビーにいてもらったらいいよ。なにかあってからじゃ、遅いしさ」
「そうか、そうですね! さすが松島さん」









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