偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
「大体な、こんな時間になるなら俺に連絡しろよ。駅まで迎えに行くのに。なんかあってからじゃ、遅いだろうが」
光一さんは髪をクシャクシャとかきまぜながら、大きなため息をついた。イライラがピークに達してる様子だ。
私はなんと答えようか迷ったあげく、正直な自分の気持ちを伝えることにした。
「迎えって……だって、私はただの同居人なんでしょ? そんなこと頼めないよ」

どこまで甘えていいのかなんて、全然わからない。光一さんとの距離を縮めたい気持ちはあるけど、いま私たちの間にはどのくらいの距離があるのか……私はそれすらわかっていないのだから。

「その通りだよ! ただの同居人が余計な手間かけさせんなっ」
これまで聞いたこともなかった鋭い怒鳴り声に、私はびくりと体をこわばらせた。
光一さん自身も自分のセリフに驚いたかのように目を見開いた。
「……違う。悪い。そうじゃないんだ」
光一さんらしくない、うろたえたような声。
「光一さん?」
カーペットの上にぺたりと座りこんでいた私に向き合うような形で彼も腰をおろした。
そのまま私の肩に頭をうずめた。

いつもの冷静な彼とは全然違う。幼い子どもみたく無防備だ。
「なに俺の知らないところで、勝手に危険な目にあってんだよ。……頼れよ」
「だって……」
「矛盾してるのはわかってる。同居人だって突き放してたのは俺の方なのに。いま、自分でも自分の感情がわかってない」

光一さんが頭をあげ、視線がぶつかった。彼は目を逸らさない。まっすぐに私を見つめたままだ。伸びてきた大きな手のひらが私の頬を撫でる。少しひんやりとしたその感触を心地よいと感じた。

しばらくは二人とも無言のままだった。けれど、不快な沈黙ではない。
光一さんが私を心配してくれた気持ち。そして、そんな自分に戸惑っていること。彼の視線から、表情から、十分に伝わってくる。

やがて、光一さんがぽつりと言った。

「怒鳴ったりして悪かったな」
「……なら少しだけ甘えてもいいかな?」
勇気を出してみようか。二人の関係を一歩進めるために。
「なに?」
「今夜は同じ部屋で寝てもいい?」
< 67 / 131 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop