勿忘草―愛を語る花言葉―
仕事に区切りがついたのは20時をまわったところだった。
いつもより早い帰宅時間に、どれだけ藤堂さんとの飲みを心待ちにしていたかと感じる。
窓から覗く暗くなった夜空には、街の外灯に負けんばかりの光を放つ月が輝いている。
一日の終わりを感じながら帰り支度をしていると、後ろから足音が近づいてきた。
「佐倉も仕事終わったか〜?」
「はい、今ちょうど終わったところです」
少し遠くから声をかける藤堂さんの姿を目に捉え、荷物を手に取る。
「よし、行くか」
俺の姿を確認すると、藤堂さんは一歩前を歩きだした。
人もまばらとなった社内。
まだ残っている同僚に挨拶をしながら、オフィスを後にした。
会社を出て等間隔に光る電灯の明かりの下、何かを話すわけでもなく、ただひたすら歩いていく。
木々の揺れる音に靴の音。
息遣いさえ聞こえてきそうな静かな道。
だけどそんな間さえ気にならない藤堂さんとの時間。
この独特な雰囲気が、俺にとって居心地がよかった。
歩くこと数十分――。
だんだんと人の声が耳に入り、車が走る音が大きくなり、辺りは街灯やネオンできらびやかになってきた。
人で賑わう夜の繁華街。
たくさんの店の中から、藤堂さんは慣れた様子で一軒の店へと入っていった。