恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。
『はい、教頭先生……それは重々──』
また新たな声が扉の向こうから聞こえた。
その声は扉1枚挟んでいるのに、淀みなく澄んで聞こえる。
でもこの声、どこかで……。
記憶に引っかかる既視感に考え込んでいると、「小町先生っ……!」という朝霧先輩の切羽詰まったような声が背後から聞こえてきた。
振り返るより先に、私のすぐそばを突風が吹き抜ける。
朝霧先輩が先に扉を開け放ち、部室へ飛び込んだのだ。
「噂をすれば……これはどういう事ですか!」
私と紫ちゃんも慌てて後に続き、部室に入ると中年の男性が叫ぶ。
そこにいたのは油が滲んでテカる額、あんぱんのようにパンパンの顔と脂肪に押しつぶされた狐目。
薄くちらほら頭皮が見えているハゲ頭に、樽のように膨れた腹、低い身長に対して横に広いふくよかな体。
この人は3ヶ月に1度ある頭髪服装検査では、スカートの長さをミリ単位で測ってくる細かくうるさいで有名なうちの高校の教頭先生だ。
よりにもよって、このタイミングで現れるなんて……。
教頭先生の前に立つ小町先生は朝霧先輩の姿を見た瞬間、動揺したように視線をさ迷わせる。
私はヒヤヒヤしながら、言葉を挟む事も出来ずに成り行きを見守っていた。
「どうして……」
小さな小町先生の呟きが聞こえると、部室に飛び込んだ時の勢いを完全に失っていた朝霞先輩は切なげに瞳を揺らす。
「小町先生……」
「朝霧くん……」
ふたりは視線を絡ませ、声に出来ない想いを持て余しているように思えた。
しかし、そのつかの間の逢瀬さえ教頭先生は許さない。