恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。
ぐるぐる巡る疑問に頭悩まされていると、「藤原ー、またなー!」と声が聞こえてきた。
目を凝らすと、グラウンドから雅臣先輩に向かって手を振っている野球部の男子の姿がある。
「おう、また明日なー!」
雅臣先輩も大きく手を振って、爽やかな笑顔で答えている。
雅臣先輩、友達ちゃんといるんだ。
こんな事を思うのは失礼だと思うけれど、昼休みは必ず部室でお昼ご飯を食べているし、クラスでは浮いているのかと思っていたのだ。
部活に戻っていく男子生徒を見送ると、雅臣先輩は私の方を見て首を傾げる。
「どうした?」
「え?」
「俺の事、じっと見てるから」
「あ……す、すみません」
無意識に雅臣先輩の顔を凝視していたみたいだ。
恥ずかしくて顔を赤らめながら視線を逸らすと、「あぁ、そういう事か」と雅臣先輩は勝手に納得した様子を見せる。
「俺に友達なんていたんだーって、ところか」
「えっ」
──なんで、わかったんですか!
目をパチクリさせて、またもや雅臣先輩の顔をじっと見つめてしまう私。
彼はカラリと笑って、私の頭をワシャワシャと撫でた。
「彼は友達じゃない、同級生だ」
「同級生……ですか? あんなに仲良さそうなのに?」
ただの同級生に向かって、わざわざ遠くから手を振るだろうか。
けれど雅臣先輩はきっぱり、野球部の彼を友達じゃないと言い切る。
「じゃあ俺から質問。笑顔で挨拶をしたら、それはもう友達になるのか?」
「うーん……そう言われると違うかも」
極端な考えだなとは思うけれど、先輩の言う事は一理ある。
というのも、私も紫ちゃんと出会わなければクラスの中に友達と呼べる人はひとりもいなかったから。
友達ではなく、広く浅い関係の同級生というくくり。
踏み込みすぎない、必要最低限の付き合い。
もしかしたら、私と雅臣先輩は似ているのかもしれない。
「ねぇ先輩、なら私達は……古典研究部のみんなは?」
私達の存在も雅臣先輩にとっては、ただの部員?
そうだったらすごく寂しいし、悲しい。
そう思ったら、ふと過去の自分の態度を思い出す。
私はどんなにクラスメートに話しかけられても、当たり障りのない会話しかしなかった。
相手を近づけないように、読書で自然とバリアを張っていたのだ。
もしかしたら、今まで私に話しかけてくれた人の中にも、いたのかもしれない。
私と同じように、寂しいと思ってくれた人たちが。
「俺もさ……清奈みたいに今の自分が何者なのかがわからない」
「雅臣先輩も……?」
隣を歩く彼を見上げる。
けれど雅臣先輩はこちらを少しも見ることなく、前を見据えたまま遠い目で語った。
「だから、何者でもない俺が友達を作る事に疑問を持ったんだ。だって、これは俺じゃないのにって」
雅臣先輩の言っている事は難しい。
でも、私と似通ったところが彼にはある。
私も恐らく、何者でもない自分が友達を作る事に意味を見いだせなかったんだと思う。
なにをやっても、誰といても、毎日が色褪せていた。
これから来る医者という私でない私の未来。
どこか他人事のように、私は自分の人生を生きていた。
その感覚に、似ているのかもしれない。
「でも──そんな俺の前に、清奈は現れた」
校門まであと少しという所で、雅臣先輩は足を止める。
「私……ですか?」
同じように足を止めた私は、彼の方へ向き直った。
「初めは清奈に対しても、どこかよそよそしい自分がいた。でも……清奈や清奈が繋いでくれた人の繋がりは温かくて、初めて仲間っていいなと思ったよ」
仲間って……言ってくれた。
私達は他人じゃない、今はそれがわかっただけで嬉しい。
でも、どうして先輩は何者かがわからなくなってしまったんですか?
私が出会う前から、この人は苦しんでいたのだろうか。
わからないけれど、私が力になれたらいいのに。
もっと話してもらえるように、頼ってほしい。
ゆっくりとまた歩き出す彼に、遅れてついていく。
その背中を見つめながら、そう強く思った。