恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。
「……清奈」
ふいに名前を呼ばれた。
そして、頭に、頬に、肩に当たっていたはずの雨が止んだ。
おかしいな。遠くにはまだ、ザーッと雫がコンクリートを打ち付ける音が聞こえるのに。
身の回りで起きている異変に、私はゆっくりと顔を上げる。
そこには濡れ羽色の黒髪と瞳の男の子がいる。
彼は私に傘をさしてくれていた。
私が濡れないようにだろうか、どこまでも酷い人。
今はどんな優しさも偽物に思えて、私は眉間に皺を寄せた。
「……あなたは、誰ですか?」
私の目の前にあるのは見慣れた古典研究部の部長、藤原雅臣先輩の姿。
でも、彼はいったいどっちの彼なのだろう。
私を忘れた薄情な雅臣先輩か、雅臣先輩を装った嘘つきの景臣先輩か。
──あなたは、どちらの先輩ですか?
しばらく見つめあっていると、目の前の彼は重い口をゆっくりと開く。
「……どこまで知ったんだ、清奈」
その言葉に、検討がついた。
今目の前にいる先輩は、入部してからずっと姿を偽り、私を騙していた嘘つきの彼だ。
だって、さっきまで会っていた薄情な雅臣先輩なら、どこまで私が真実を知ったかなんて聞かない。
その彼自身が残酷なほど無邪気に、私に真実をペラペラと話したのだから。