恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。
『でも、いつかあの意味に気づいて、俺の事を追いかけてきてくれたらいいなって思ってさ』
彼女がいなかったわけじゃないが、心から誰かを好きになった事があるかと言われると考えてしまう。
だって俺は、今の雅臣みたいに優しい眼差しで好きな人の事を話した事がない。
ただ、優しいだけじゃない。
その中に愛しさとか、慈しみとか、そういった感情を含んでいる。
だからやっぱり俺は、本気で人を好きになった事はないんだろう。
『それで? 古典研究部を作るのと何の関係あるんだ』
『清奈の居場所を作りたいんだ』
『居場所?』
頭の中に、色んな疑問符が飛び交う。
俺は片方の眉を持ち上げて、首をかしげた。
雅臣はいつもの天真爛漫さを少しだけ潜めて、目を伏せる。
『清奈は両親に医者になるようにきつく言われてるみたいで、自分から何かを望む事ができないでいる』
そう言った雅臣は、心から清奈を心配しているのだろう。
彼女の痛みを背負ったみたいに憂う表情を見て、すぐにわかった。
『時々迷子みたいな顔してさ、ほっとけなくなるんだ。だから彼女が背負わなければいけないモノから、逃げられる場所を作りたかった』
雅臣の目には、少しの迷いもない。
誰かのために心をこんなにも尽くせる、それが人を愛するという事なのだろうか。
つくづく難しい感情だな、と思う。
俺は自分のためにしか動かない人間だから、弟が偉大な大天使のように見えた。
『自分が何者なのかわからなくなって、苦しくなった時。ありのままの清奈でいいんだって言った事、思い出してほしいから』
その言葉の意味はわからないけれど、雅臣は彼女とそんな会話をしたのだろうか。
じゃあ、雅臣が高校でも古典研究部を作る事にこだわるのは、追いかけてくるかもわからない彼女の居場所を作ってやるためだったのか。
好きな人のためだからって、そこまで出来るのかと驚く。