恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。


「きっと……どちらも清奈さんにとって、大事な恋なんでしょうね」

「え……どちらも?」


小町先生は、静かに優しい声音でそう言った。

私は驚いて小町先生を見上げる。

どちらにも恋をしているだなんて、許されるの?

私はひとつだと思っていた恋心が突然ふたつに別れて、どうしていいのかわからなくて、胸が痛かった。

どっちつかずな自分が、節操のない最低な人間に思えてしまうのだ。


「人の心は花の色が移ろうように、変わっていくもの」


花の色が移ろうように……。

雅臣先輩に恋をしていた私は、それ以上に強く心惹かれる人ができた。

私の心も、時と共に変わってしまったのだろうか。


「最初に恋した人でなくても、相手が誰であろうと、心惹かれるのは決して悪い事じゃないのよ」


そう言った小町先生は、確かに私を見つめている。

なのに、もっと遠い場所にいる誰かを見つめている気がした。


「あのね、私が朝霧くんに恋をする前の話なんだけど」

「……え?」

「私には、婚約者がいたの」


それは、初耳だった。

まさか、小町先生に婚約者がいたなんて。

私以外のみんなも、驚いたように小町先生を見る。

でも、先生は今年で27歳になるらしい。そういった話が前にあったとしても、なんらおかしくはないのだ。


「その時、あまり婚約者とはうまくいってなくてね。あの人との未来が信じられなくなっていた時に、朝霧くんは現れたの」


そう言った小町先生の表情は、春の空気のように穏やかだ。

恋をすると人は、こんなにも優しく笑えるのだと思った。


「それでね、あの子──信じられない相手と結婚するな、俺にしとけって言ったの」


その場面を思い出しているのか、クスクスと笑いながら、小町先生は嬉しそうだった。

朝霧先輩は本当に、小町先生の事が大好きだったんだな。

それは小町先生も同じで、お互いに恋してはいけないと思いながらも、止められなかったのだ。

恋は考えるものではなく、落ちるものだから。
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