恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。


「今から2年前に……ごめん、俺はその時の記憶が……」

「ないんですよね、事故の後遺症で」

「……どうして、俺が記憶喪失だって知ってるんだ?」


驚いたように私を見つめる雅臣先輩だっが、すぐに思い当たる節があったのか「景臣──兄さんから?」と聞き返してくる。

私は曖昧に笑って、頷く。


「──雅臣先輩は今、幸せですか?」

「え?」


突拍子もない質問に、彼の瞳が立て付けの悪い椅子のようにグラグラと揺れる。

だから安心させるように、なるたけ柔らかい声色でもう一度問いかける。


「あなたの居場所は、ちゃんとありますか?」

「…………」


雅臣先輩は無言で、少しだけ考えるように空を仰ぐ。

しばらく視線は空を自由に泳いで、静かに私の元へと戻ってきた。


「俺には今、大切な人がいるんだ」

「……どんな人なんですか?」

「失った記憶に苦しんだ時、辛い時、支えてくれた人だ」

「あ……」


それは、私にとっての景臣先輩のよう。

あなたにもいたんですね。

苦しいとき、支えてくれる誰かが。

よかった、あなたがひとりじゃなくて……。

それは悲しいより、母の心にも似た安堵かもしれない。

不安の種だったひな鳥が巣立っていくような、そんな気持ちだった。


「たぶん俺には、記憶を失う前に大事な人がいたんだと思う」

「え……?」


雅臣先輩は私を見つめて、真剣な顔でそう言った。

それは今の彼女の事ではない、という事だろうか。

問うように彼に視線を向ければ、その大事な人を探しているかのように、私の瞳じっと見つめてくる。


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