恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。
「おぼろげに覚えてる、ずっと探していた人……」
「雅臣先輩……」
雅臣先輩は苦しげに眉を寄せて、絞り出すように呟いた。
視線は私を捉えたままで、ゴクリと息を呑む。
「それは少し、君に似ていたような気がする」
その一言で、なぜか頬に涙が伝った。
そっか、それは雅臣先輩が私を好きだった頃の記憶だ。
それも今は失われてしまったけれど、悲しいわけでも、雅臣先輩に未練があるわけでもない。
ただ……なぜか切ない。
忘れられるって、その人と過ごした思い出を失うという事だから。
君と笑った事、和歌について語り合った事、誰かを好きになった事、それらすべては私をかたどる一部だ。
だからまるで、自分の心も欠けてしまったかのような喪失感があった。
「うぅっ……」
たまらず嗚咽を漏らして、両手で顔を覆う。
泣きたいわけじゃない、ただ切ない。彼を困らせたいわけじゃない、ただ止まらない。
「あぁ、泣かないで……」
雅臣先輩は優しく涙を拭ってくれる。
私、好きだったんだ、この人が。
今は遠い日の事のように思うけれど、確かに彼に惹かれた瞬間があった。
その日々は辛くもあるけれど、決して悲しいものばかりではない。
彼を好きになった過去があり、今の私がいるのだから。
「君に似た誰かを想うたび、思い出せない事に苦しんだ」
「…………」
「けど、彼女が言ってくれたんだ。取り戻せない過去に嘆くより、前を見ろって」
あぁ、雅臣先輩の心を救ってくれた人がいてよかった。
自分が何者なのか、わからない事。それはとても寂しいから。
失った記憶を、突然抜け落ちた心の一部を、幸せな記憶に埋めてくれる誰か。
そんな存在に君が出会えた事、それが私は嬉しい。
心の底から、そう思う。