恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。
「朝、景臣先輩がいるかと思って、部室に行ったんだよ」
部室の扉の前にやってきた業吉先輩は、取っ手に手をかけたまま呟く。
私は何も言えずに、彼の言葉を待った。
「そしたら……」
そう言って、開けられた扉。
そこは少し埃っぽい空気も壁一面にびっしりと並べられた古文書も窓の外に見える桜の木の景色も、ぜんぶが変わらない日常のまま。
けれど、その中の非日常。部室の長机に置かれた1枚の紙に目を奪われる。
そのたった1枚の紙が、存在感を放っていた。
私は導かれるように長机に歩み寄ると、綺麗に折りたたまれたその紙を手に取った。
「それだけが、置いてあったんだ」
不安に揺れる業吉先輩の声を背中越しに聞きながら、私は震える手で手紙を開いた。
【君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな】
和歌だった。白い紙には、たったそれだけ記されていたのだが、私にはわかる。
これは確かに、景臣先輩の書いたものだと。
「あなたのためなら、捨てても惜しくはないと思っていた命までもが……」
この意味も、百人一首が好きな私にはわかる。
「こうしてお逢いできた後では、これからもずっとお逢いできるよう……っ」
言いながら、和歌に込められた景臣先輩の気持ちが私の中に流れ込んできて、泣いてしまいそうになった。
これは百人一首、50番。
そう、藤原義孝(ふじわらのよしたか)の詠んだ和歌。
「長く……生きたいと、思うようになりました」
そう、これは恋の和歌だ。
会えば会うほど、募る想いを歌う和歌。
どうして、双子揃って和歌で告白してくるのだろう。
しかも、ハッキリとは言ってくれない。いつも遠回しだ。