恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。
加入届けを握りしめて、助けを求めるように叩いた部室の扉。
『はーい、あ、部活見学かな?』
そこから出てきた雅臣先輩は、例えるなら昼間の陽気のように温かく柔らかな雰囲気を纏っていた。
私の手に握られた白紙の加入届けをチラリと見て、彼は目的を察してくれる。
彼の優しい眼差しに背中を押されて、私は入りたい部活がなくて困っていることを自然に相談していた。
『行く場所がないなら、ここにいればいい』
私の話を聞いた雅臣先輩は、悩む素振りを見せることなくカラッと笑って、うちに入部すればいいと言ってくれる。
即答されてギョッとしてしまう私に、彼は「ん?」と笑みを口元にたたえながら小首を傾げていた。
この人、よく笑う人だな……。
笑顔の標準装備、という言葉がしっくりくる。
私はあまり表情が動くほうではないので、みんなは話しかけにくいのか、プリントを配る時のひと言ふた言、登下校の『おはよう』、『また明日ね』という挨拶くらいしか声をかけてこない。
雅臣先輩は人に好かれるタイプだろうから、正直言って羨ましいなと思った。
『でも私、古典とかよくわからないし、興味もその……』
はっきり言って、古典に興味がない。
そんな私が古典研究部に入るなんて、本気でこの部活に取り組んでいる人に失礼だ。
決めあぐねていると、雅臣先輩は私の迷いを払拭するように肩に手を乗せてくる。
『部員になってくれるなら、そのままの君でいい』
『え……?』
そのままの君でいいって、どういう意味?
そんな疑問が顔に出ていたのか、雅臣先輩はにっこりと笑って口を開く。
『こうなれって、俺は君に強要しないってことだよ』
『あっ……』
そういうことか、やっとわかった。
雅臣先輩は、部活に入るなら古典を好きになれとか、そういうふうに変化を押し付けないって言ってるんだ。
両親に人生の道筋を決められている私にとっては、その言葉が心に染み渡るようで嬉しかった。
それにしても、雅臣先輩って変わってるな。
やる気のない生徒を部活に招き入れたいとは普通は思わないはず。
未確認生物にでも会ったかのような気分で、まじまじと雅臣先輩の顔を見つめていると苦笑混じりに「実は……」と漏らした。
『廃部寸前なんだよ、この部活。だから入部してくれるなら、興味なくてもいいぞ』
えー……。
そんな理由で部員になってくれって、相談しといてなんだけど呆れた。
話を聞くに、部員は雅臣先輩1名らしい。
しかも先輩は高校3年生だったので、卒業すれば必然的にこの部活は廃部する。
雅臣先輩はこの部活によほど思い入れがあるのか、存続させるために私を誘ったのだ。
自分が卒業した後のことなんて、どうでもよくない?
どうして雅臣先輩は、古典研究部を残したいんだろう。
それが不思議でならなかった。