君の未来に、僕はいない
「では、開始してください」
先生の合図とともに、生徒たちの鋭い視線が石膏像に注がれる。紙の上を鉛筆がなん度も往復する乾いた音だけが教室に響く。
モチーフを目の前にすると、いつも一度心が停止する。
この魔物(モチーフ)を描き切ることができるのか。私にそれほどの画力と集中力があるのか。
数秒停止してから、私はいつも弱気な線を引くのだ。
でも、今日は違った。写真におさめた角度の席をゲットしていたため、私はいつもよりずっと早く当たりをつけ、時間に余裕をもって描くことができた。
真剣な表情の日吉や遠藤ちゃんが視界に入るたびに、胸のどこかがずきんと痛んだ。


丸一日かけて作品を書き終え、次の日の午後の講評を終えた私たちは、学校の近くのレトロな喫茶店で課題のことを振り返った。
「凄いね、遠藤ちゃんは。また十位以内に入るなんて」
紅茶を飲みながら日吉が悔しそうに口を尖らせている表情を、私はまともに見られなかった。そんな状況ではなかったのだ。
私の結果は、四十五人中三十八位だった。いつもより二番しか上に行けなかったうえに、評価の点数は前回と一緒だった。
緑と黄色だらけの講評シートを目の前にして、私はその場で絵を破り捨ててしまいたいほど悔しい気持ちに襲われた。

ずるをしても私は遠藤ちゃんには敵わない。
その事実が、ずるをしたことへの報復として何倍にも膨らんで、私の自信を捻り潰した。
「そんなことなかよ。時間ギリギリでまだ時間配分ようわかっとらんもん」
どうしよう。遠藤ちゃんを褒めるための言葉が、まったく出てこない。
口を開いたら妬みが溢れ出してしまいそうで、私はストローを口に含んで押し黙っていた。
私が落ち込んでいると思ったのか、遠藤ちゃんはいつも通り穏やかな声で話題を変えた。
「白戸ちゃん、描くの早かったよねぇ。線に迷いがなくて装飾品も凄く細かく描かれていたし、私白戸ちゃんが描いたマルス好きだったなあ」
「あ、ありがとお、遠藤ちゃん……」
折角遠藤ちゃんが褒めてくれたのに、私の目の前には今緑と黄色のシールしか思い浮かんでいない。
緑と黄色の丸が、妬みとなって胸の中でどんどんどんどん増えていく。
講評時の先生の言葉が、頭から離れない。
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