君の未来に、僕はいない
才能のある人
「白戸ちゃんって、本当に記憶力がいいよね」
一年生の時に描いた作品のタイトル全てなんて、あんなにスラスラ言えないよ、と遠藤ちゃんは感心しきって呟いた。
美術部で、昔に描いた作品のタイトルセンスの話になり、私は当然のようにスラスラと全てのタイトルを言った。
そのことがすごいなんて自分ではちっとも思わなかったが、想像以上に皆が唖然として私を見ていたので、その時初めて自分の記憶力は秀でているのかもしれないと思った。
「でも、記憶力がいいなら勉強ができるはずなんだけどな」
「白戸ちゃんは思い出にだけ強い記憶力なのかもね」
遠藤ちゃんの言葉に、なんだか妙に納得してしまった。
確かにそうかもしれない。私はあの日以来、自分に起こったすべての過去を忘れないように生きてきたような気がする。
今日は前回の講評を基に、自分の欠点を直すことを目的としたカリキュラムだった。
先生や周りの子に意見を貰いながら、よりよい作品に仕上げ、自分の中でコツを噛み砕いて吸収していく。
怖くても、誰かに客観的に見えもらうことが、上手くなる一番の近道だと、先生は言う。
前回のようなぴりついた空気は流れておらず、比較的和やかなムードで進んでいた授業だが、慌てた様子で若い男性の先生が教室に入ってきた。
「すみません、先生ちょっといいですか」
生徒に指導をしていたベテランの工藤先生を呼び出し、彼らは教室の外に出た。
教室はざわめき、生徒の誰かが精神的に追い込まれて入院したか? など勝手な予想を立て始めた。
すぐに先生は教室に戻ってきて、神妙な面持ちで告げた。
「松之木高校美術部の作品が、誰かの悪質な行為なのか……どうみても意図的に壊されているらしい」
工藤先生の言葉に、私達(とくに私と同じ松之木高校の生徒)は、ショックで言葉を失った。
私が通う松之木高校は、県内でも有名な美術系の高校で、偏差値こそふつうなものの、藝大合格者を毎年一名は必ず出している。
コンクールでの成績も評価され、私達美術部に町から美術品の提供をお願いされたのだ。
私達は『記憶』というテーマに沿って、陶芸用の粘土で美術品を思い思いに何点か作った。
作られた作品は町の図書館一体を囲むように展示されており、展示された当初はユニークでかわいいと、町民にも好評だった。