君の未来に、僕はいない
記憶で繋ぐ町、という市のスローガンは、昔起こった災害や大切な歴史を胸に刻み生きてほしいという、町長の願いがある。
その願いの元作られた作品が壊されたことは、この小さな町にとって大きなニュースであった。
「誰が一体そんなことを……」
遠藤ちゃんは、壊されたことより壊す人がいたことにショックを受けたのか、口を手で塞いだまま固まっていた。
作品を作ったのは私たちが高校生の時で、随分前に作ったものかつ一般の人の作品も飾られていたため、誰の作品が壊されたのかはまだ分かっていないそうだ。
私達は、相当な時間をかけてひとつの作品を作り上げている。しかしそれを壊すことは一瞬でたやすい。
この心無い事件に、町長は大変遺憾らしく、犯人探しにかなり力を入れるつもりだそうだ。
「皆、なにか情報があったら教えてくれ。報告は以上だ。では、授業再開」
授業再開と言われても、気持ちの切り替えが上手くいかない。
私は、注意力散漫のまま、鉛筆を握りデッサンの修正を始めた。
迷いのある細い線が右往左往するだけで、ちっともいい作品に仕上がらなかった。

葵は、私と同じ高校に在籍しているが、入試試験以降一度も高校に来たことがない。
小学校6年生まではこの町にいたため、彼のことを知っている同級生は、皆葵に会えることを期待していた。
耳が聞こえなくなったことに対して、どう接していいのかと、戸惑っている人ももちろん多かったけれど。
葵は耳の聞こえなくなった中学三年間、ピアノを弾かずに、あの家族と一体どういう風に過ごしたのだろう。
「葵、なにしとん。ばあちゃんもう中入っといで言うとるよ。草取りはもうよかよって」
オクラの畑にしゃがみ込んでいる葵の肩を叩いて、私は手話でそのことを伝えたが、葵は首を横に振った。
何を見ているのかと思い、視線を葵と同じ場所に移すと、そこにはオクラの葉の下で眠る子猫がいた。
両手で収まるサイズの真っ白な猫がすやすやと寝ている様子を、彼はもっと見ていたい様子だった。
しかし今は九月で、もう夕方と言えどまだまだ日差しは強い。夏休みも終わり、新学期が始まったけれど、葵はやっぱり学校に来ない。
私も同じように彼の横に座って、猫の姿をじっと見つめた。
葵が私の腕を指さして、焼けるよ? と伝えてきた。
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