君の未来に、僕はいない
筆談をして、手話をして、あらゆる手段で葵と会話をすることを諦めなかった。それは、罪悪感からくる感情なのか、同情なのか、分からなかったけれど、彼を彼の世界にひとりぼっちにはさせたくなかった。
「未来が見えるようになったんだ」
葵が筆談でそう告白したのは、聴力を失って三か月が過ぎた時だった。
私は最初、言っている意味が分からず、思わず口頭で『どういこと?』と聞き返してしまった。
葵は冗談を言わない。だから、嘘をついているわけじゃないことは最初から分かっていたが、脳が上手く状況を理解してくれなかった。
葵は淡々と紙にことの成り行きを書いた。

『萌音に手話を教えてもらって手が触れたとき、見たことない映像が頭の中に流れ込んできた。
一週間後に萌音が話してくれた内容とそれが合致していた。
俺の先祖にはお告げ人がいる。
もしかしたら、その能力が聴力を失ってから覚醒したのかもしれない。』

お告げ人、という言葉自体はばあちゃんから聞いたことはあった。
未来を予知する能力のある人が、この町には昔多くいたらしい。
皆どこまで信じているかは分からないが、そんなことは作り話に決まってる、とバカにするような人はいなかった。
信じ切ってはいないけれど、バカにしたらなにか罰が当たるような気がする。そんな気がしたのは、ばあちゃん世代の人が本気でお告げ人を信じているからだ。
まさかその能力を、葵が受け継いでいたとは。
「……葵、お願いがある。未来を見て欲しい人がいるの」
この能力を使って、真っ先に陥れたい人がいた。
その人を陥れるための情報はあったのだが、それを一番ダメージを受ける形で実行できる作戦が中々思いつかなかった。
「下田講師の未来を、見て欲しい……」
葵は、聴こえなくなってからも、下田講師からピアノの授業を受けていた。
葵の両親が辞めさせてくれなかったのだ。医師が言った「一時的なものかもしれない」という言葉を信じて、ピアノを弾く感覚を忘れさせないために、続けさせたのだ。
葵の意思でピアノを続けているのならいい。だけど、私はもう二度と下田講師と葵を会わせたくない。
もう会わせないために、彼女の未来を予知して欲しい。
「葵、一緒にあの人をこの町から追い出そう」
私の言葉に、葵は一瞬驚いたように目を見開いた。そんなことができるのか? というような表情をしていた。
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