君の未来に、僕はいない
第二章
衝突する
十一月は過ごしやすくて好きだ。
暑くもないし、寒くもない。薄手のニットを着てジーパンを履いてしまえばいいだけ。上着が必要ないところも好きだ。
いつもこの時期になると、ばあちゃんと一緒によく散歩に出かけていたが、今年はそんなことをしている余裕なんてさらさらない。
受験が刻一刻と迫っている。
そんなぴりつき始めた空気の中、とあるニュースが舞い込んできた。
ハヤシミノル先輩がこの町に帰ってくる
それは、美術品破壊事件の噂なんかなかったことにしてしまうかのような、ビッグニュースだった。
彼は、この町が芸術で町おこしをするきっかけとなった芸術家で、美大を受験する人で彼を知らない人はいない程の有名人だ。
ハヤシ先輩は二つ年上であったが、小学校も中学校も高校も一緒だった。
若くして才能を発揮し、コンクールでは賞を総なめ。藝大の油絵科を現役で合格し活動を本格的に始めると、彼に目をつける企業はたちまち増え、全国的に名を馳せるようになった。
彼の名前を美術雑誌やネットニュースで見かけるたびに、高校生の時同じ教室で絵を描いていたことが信じられなくなる。
神童、奇才、申し子……東京での彼の呼ばれ方は様々だった。
そんなミノル先輩が、この町に帰ってくる。しかも、この予備校に訪問してくれる。
それは、私達受験生にとってはモチベーションが上がる大きなできごとだった。
「ねぇ、今日来るけんね!? ミノル先輩」
遠藤ちゃんが、興奮しきった様子で休憩室に入ってきた。
休日はいつもガウチョパンツやデニムなどラフな格好で来ることの多い遠藤ちゃんだが、今日は珍しくスカート姿だった。
嬉しそうに机に両手をついてピョンピョン跳ねながらミノル先輩と会えることを喜んでいた。
騒いでいる人に女子が多い理由は、ミノル先輩は見た目もアーバンな雰囲気でかっこいいからだ。
どこかのアシメ赤髪や奇抜なおしゃれさではなく、黒い髪の毛をセンス良くすっきりとカットしていて、服装は至ってシンプル。
美術系によくいるイケメンだけど服装が残念なイケメンではなく、本当にシンプルにいい男なのだ。
そんな彼に恋心に近いような感情を抱く女子は多く、私も昔はその中のひとりだった。
今はもう、ミノル先輩が遠い存在過ぎて、ただのファンのようになっているけれど。
「遠藤ちゃん、日吉がつまんなそうな顔してあっちでむくれとるよ」