君の未来に、僕はいない

変わりたい


母が、幼い私に言い聞かせていたことがある。
『過去がその人をつくるから、萌音は思い出を大切にしてね。その時どんな風に感じたのか、人って案外簡単に忘れちゃうものだから』、と。
私の両親は、私が七歳の時に亡くなったので、私は両親との思い出が少ない。
世界を股に掛けるデザイナーの母と、大手出版社の編集者だった父。この小さい町では、二人はちょっとした有名人だったらしい。
クリエイティブな才能を持った両親の間に生まれた私は、将来はなにになるのかと、親戚中の人に期待されて育った。
幼いながらに、親戚の集まりなどで、私はそのことを自分なりに理解して過ごしていた。
父と母は凄い人で、その娘である私もきっと才能があるだろう、という周りからの期待が、頭の隅っこにあるまま成長してしまった。

「あれ、今日は葵いないの?」
一月入ったある日、珍しく葵が部屋にいなかったので、ばあちゃんに尋ねると、ばあちゃんは『聞いてなかったんかね』と少し驚いた反応を示した。
「あお君、今日は定期検診で東京行っとるがな。その帰りに、弟のコンサートに顔出し行く言っとったで」
「えっ、ひとりで大丈夫なん!?」
「ばあちゃんも心配やからついて行く言うたが、大丈夫の一点張りで聞かんかったんよ」
昼食の準備をしていたばあちゃんが、心配した様子でそう言った。
そういえば昨日葵が何かを言いかけていた気がしたけれど、昨日の課題が重すぎて疲れていたせいで、すぐに部屋に入って眠ってしまった。
あの時ちゃんと聞いていればよかった。私はとりあえずパジャマ姿のまま畳に座り込み、葵にすぐさまメールを送った。
すると、すぐに返事がきて『もう東京着いたところ』と、そっけなく報告された。
私が心配していることは、遠方にひとりで行くことじゃない。葵が葵の家族と会うことだ。
こっちに来てから、葵が両親と会うのは初めてのことで、実に三年ぶりのことだ。しかも、弟のコンクールの後に会うだなんて……なにか嫌な思いをしなければいいけど、なんだか胸騒ぎが止まらない。
「もうちゃん、机の上片づけてよ。魚今焼き終わるけぇ」
「ばあちゃん、お年玉使ってもええかな。私も東京行く。今日は予備校も休みだし」
私の言葉に、ばあちゃんは一瞬驚いた表情を見せたが、もうちゃんが一緒にいてくれたら安心やなあ、とすぐに賛同的な態度を示してくれた。
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