君の未来に、僕はいない
コンビニで買った油っぽいカレーパンの最後の一口を飲み込んで、くしゃっとビニール袋を丸めて席を立つ。それから日吉の腕を引っ張り教室へと誘導した。
「とりあえず今は描くしかないんよ」
「萌音(モネ)は本当にまじめよなあ」

モネ、なんて明からさまな名前、よく付けたなって思う。パン屋の娘がコロネって名前つけられるくらい分かりやすくて恥ずかしい。
父がクロードモネのファンだったので、その通り安直な理由で名前を付けられてしまったのだ。だからなんとなく萌音、と呼ばれるのはあまり好きじゃないのに、日吉はバカでデリカシーがないので私のことを萌音と呼ぶ(日傘を差した時に、よっ、日傘の女、と煽ってきた時は本当に殴った)。

「白戸ちゃん、今日もカレーパンやった?」

教室に戻ると、同じ高校に通っていて同じ美術部の遠藤ちゃんがいた。
柔らかな栗毛のショートカットがアイスブルー色のネクタイとよく合っていて、どこかの赤髪アシメくそ野郎とは違ってセンスがある。遠藤ちゃんも同じ油画専攻で、大胆な色使いと印象的な陰影のつけ方が得意だ。
「うん、ひとつでかなり満足感あるかんね。コスパ最強よ」
「試験のお題にカレーパン出たら圧勝だね。白戸ちゃん記憶力いいもんねえ」
遠藤ちゃんはのんびりした口調で私のことを褒めた。
記憶力がいいことは、私の唯一の長所かもしれない。
暫くにこにこと美味しいカレーパンの話をしてくれた遠藤ちゃんだが、突然なにか思い出したのか私の顔を見て、あ、と声を上げた。

「そういやこの前葵ちゃんに会ったよ。無視されたけど」

苦笑交じりの報告を聞いて、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。
それから、嫌な気持ちにさせたねぇ、と謝ると、遠藤ちゃんは「なんで白戸ちゃんが謝るん、本当に保護者みたいやなあ」と笑った。


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