君の未来に、僕はいない
何も理解していなかったけれど、なんだか悲しくて悲しくて仕方なくなった。
もう二度と会えないということがどういうことなのか、全く想像がつかなくて怖かった。
葬式には、清峰一家も線香をあげにきた。まさかあの日が最後になるなんて……そんなことを言っていた気がする。
葵は、一瞬だけ私を見て、すぐに目を離した。かける言葉が見つからなかったんだろう。

いいな、葵は。
お父さんもお母さんもいて、ピアノも弾けて、才能があって。
……羨ましい。憎たらしい。悲しい。悲しい、悲しい、悲しい。

「……俺は君の絵、好きだよ。だからそれ、捨てるくらいなら俺にちょうだい」
ゴミ出し場で、自分が描いた絵をくしゃくしゃに丸めて捨てている私の手を、葵が掴んだ。
それは、両親の四十九日を終えた直後のことだった。
クレヨンで描いた父と母、裏庭に生えた琵琶の木、畑に落ちた柿、母がよく使ってたマグカップ……全てをくしゃくしゃにして、泣きながら捨てているところに彼は現れた。
思えば、葵とまともに会話をしたのはその時が初めてで、葵の顔をちゃんと見つめたのもその時が初めてだった。
彼は、丸めてくしゃくしゃになった画用紙をゆっくりと丁寧に開き、それから、いい絵だねと呟いた。
ちっともいい絵なんかじゃない。上手でもない。唯一褒めてくれる人も、もういない。絵なんかもう描く意味もない。
私は、丸めた絵を葵の背中にぶつけた。
道端に転がったそれを見つめて、葵は掠れた声で呟いた。
「君のお母さんが、僕のことを唯一特別扱いしなかったんだ」
じーわじーわという暑苦しい蝉の鳴き声が、葵のそのか細い声をすぐにでもかき消してしまいそうで、私は必死に耳を澄ませた。
「……嬉しかった。先生でさえ、俺の母を嫌って、俺のことも腫れものを扱うみたいに、別物みたいに、接してきたから」
葵が何に悩んで何を悲しく思っていたのか、幼い私にはうまく理解できなかったが、今では分かる。葵は、皆と平等に扱われたかったのだ。
「……できれば、仲良くなりたい。君に嫌われていることは、分かってる、それでも……」
よれよれになった画用紙を持つ葵の手は、僅かに震えていた。
その震えた手を見つめて、私は初めて彼に対して興味を持ったのだ。ずっと嫉妬心でいっぱいで、彼が一体どんな人間なのか、知ろうともしなかった。
この人は、思った以上に脆く、弱い人間なのかもしれない。
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