君の未来に、僕はいない
とりわけ勉強が得意というわけでは無かったので、私はこの一週間赤本や模試をひたすら解きなおして、心を落ち着けていた。
『明日はいよいよだね』というメールが、遠藤ちゃんと日吉とのグループメッセージに投稿されていた。送信者は遠藤ちゃんだった。
ミノル先輩の事件は私達美大受験者にとっては衝撃的なものだったが、私達は今目の前のことに集中するしかなかった。
後で聞いた話だが、ミノル先輩は薬に手を出していたらしく、精神的に不安定な状態が続いていたそうだ。

「もうちゃん、あお君そろそろ起こしてきてやって」
「うん、わかった」

ばあちゃんにお願いされて、私は葵の部屋に向かった。
あの日から六日経って、私と葵の関係には少し変化があった。
それは、葵が私に面倒を見られるのを嫌がるようになったことだ。
「あ、もう起きてたん」
部屋に入ると、葵はすでに敷布団を畳んで着替えていた。
いつもならまだこの時間は寝ていて、蹴っ飛ばしても叩いても起きないほど、寝起きが悪かったのに。
なんだかそのことが少し寂しく感じるのは、あんな予知をされたからだろうか。

「……ねぇ、葵。私明日葵と喧嘩でもするん? 全くそんな気配感じないけど」
葵に部屋に入って、椅子に座って不満げに手話で伝えると、葵は首を横に振った。
じゃあなに、と苛立ちを隠せない様子で聞こうとしたとき、葵が口に指を当てた。
それから、『明日から暫く東京の家に帰る予定なんだ』、と私に伝えた。
「なんだ、そんなことなら早く言ってくれたらよかったのに……」
そう言った私の頭を、葵は乱暴に撫でて、それから私の椅子をくるっと回転させた。
そういえば、あの日から変わった点がもうひとつある。葵は私によく触れるようになった。
「よかった。葵いなくなるかと思った」
いなくなる、なんて大げさに言うから心配したじゃないか。ただの帰省なら帰省だと言ってくれればよかったのに。
私が心配損したことに対して怒っていることに気付いたのか、葵は私の椅子の回転を止めて、じっと私を見つめてきた。
寝癖立ってるよ、と伝えて葵の髪の毛を触ろうとすると、彼は私の腕を掴んでそれを制した。
それから、ゆっくりと顔を近づけてきたので、また額をくっつけて何かを予知しようとしているのかと悟り、私は目を閉じた。
「試験の課題予知はもうやめてよー。天使の自分と悪魔の自分との戦いになるけ……」
< 46 / 89 >

この作品をシェア

pagetop