君の未来に、僕はいない
「葵、今日も学校いかんかったん? あんまばあちゃんに心配かけんでや」

部屋に入ると、予想通り彼は敷布団に寝っ転がってゲームをしていた。
黒いTシャツからのびる二の腕は白く、足首なんか女の私より細いんじゃなかろうか。

私はそんな彼に近づいて、もっと大きな声で忠告した。

「がっこいけ、このどら息子」

ゲームを取り上げて、顔を覗き込むようにしてそう言い放つと、彼は目を丸くして、むくっと起き上がった。
細くて柔らかな毛質の黒髪は、あちらこちらに向いているが、肌は陶器のように滑らかで、唇はまるで絵に描いたように整っている。
世界一美しい引きこもり、と日吉が言っていたのはさすがに笑ってしまった。

その美しいと言われている少年に向かってがみがみ言い続けると、彼はようやく私に対してメッセージを送ってきた。
パパパッと指を動かして、『でも萌音ちゃん、今日は土曜日だよ』と伝えてきた。
それを見ても、あ、確かに、と思った。葵にしてみれば怒られ損っていうやつだ。
そう思ったけれど、私はうっさいと言って葵の頭をぐいっと突っぱねた。

私の幼馴染、清峰葵は、耳が聞こえない。
昔は神童と言われるほどピアノが上手だったため、突然の病に彼のご両親やまわりの大人たちはとてもとても悲しがった。
耳が聞こえなくても音楽を続けている人はいるけれど、葵は音楽を完全にやめてしまった。

中学からは治療も兼ねて東京に引っ越したのだが、なぜか彼はひとりでこのド田舎に戻ってきた。
本当にある日突然、なにも荷物を持たずに、私の家にやってきて、ここに住まわせてくださいと頭を下げたのだ。
葵の弟もピアノの才能があったため、彼の活動支えるために両親は東京に残った。
その話を聞いて、私は少し薄情にも感じたが、葵がそれでいいと思っているならこれ以上の口出しなんてできない。
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