君の未来に、僕はいない
小さいころは、なにか弾いてと言ったら、葵はなんでも私のために弾いてくれた。
あの頃みたいな時間は、もう二度と戻ってこないのかもしれない。

私は、葵がよく使っている座椅子にどかっと座って、手話交じりで忠告をした。

「そういえば葵、予知能力の話、誰にも言っちゃだめだかんね」
そう言うと彼は俯いて、小さく首を縦に振った。
「とくにばあちゃん。そういうのすごい信じちゃうんだから」

この町には昔から、「お告げ人」という言葉がある。
予知能力のある人間が、その人の人生を予知して助言するという仕事が昔はあったようだ。
昔は神のように崇められていたが、そのうち金儲けをしたいがためだけに嘘を言う人が増え、お告げ人という言葉はタブーにさえなった。
けれどばあちゃん世代の人はお告げ人に対する信仰は深く、今でも昔占ってもらって命が助かった話を延々と聞かされたりする。

葵にその能力が備わったのは、耳が聞こえなくなってからだ。
両手を触って、祈りをささげた人の一週間後の未来が映像で再生されるようになったのだとか。
最初それを聞いた時は嘘だと思ったけど、葵はなん度も私の未来を予知してみせた。
葵の家系にお告げ人がいた事実もあって、私は彼の能力を半信半疑のまま信じざるをえなくなったのだ。

「一週間後の未来しか見れないところが使えないよね、本当」
葵が読んでいた漫画を読みながらそう言い放つと、葵はなにか言おうとして、でもなにも言わずに押し黙った。正確に私の口を読めたのかどうかは分からない。
葵は頭がいい。ピアノ以外のこともなんだってできるし、器用でいろんな才能がある。
そんな完璧な葵の耳が聞こえなくなったと知ったときは、彼の才能が一瞬で神様に奪い取られてしまったかのように思えた。

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