君の未来に、僕はいない
葵が全く動かないので不思議に思い彼を見上げると、彼は顔面蒼白のまま突っ立っていた。

「……葵、どうしたん? また耳痛いん?」
心配になり彼に近づいたが、彼は何も言葉を返さず、耳をふさいでただただ茫然としていた。
彼は、まるでこの世のすべてが終わったような表情をしていた。
あの時の葵の暗い瞳には、私は一切映っていなかったであろう。
「ずっと耳の中に、蝉がいるみたいな音がする」
「はよ病院行きよ、もっと悪くなるよ」
「……ごめん、よく聞き取れない」
怯えた目で葵がそう謝るので、私は反射的に葵の背中を優しくさすった。
あの時もっと強く病院に行くことを進めていれば、葵の病状は違ったかもしれない。
突発性難聴は初期の治療が肝心であり、発症から期間を置けば置くほど治りにくくなると知った。

葵の耳が完全に聞こえなくなったのは、その日から一か月経った時だった。
私がもっと早く下田講師の虐待に気付いていれば。
私がもっと早く病院に行かせていれば。
そもそも私が、あんな風にプレッシャーをかけて葵を煽らなければ。
どんな思いで葵がカノンを弾いていたのか、分かっていれば。

もう今更どうしようもない後悔ばかりが全身を襲って、私は一週間高熱を出して寝込んだ。
ばあちゃんは私を必死に看病してくれて、必死に私のせいじゃないと、慰めてくれた。
葵は、どんなに強いステロイド剤を飲んでも一向に症状はよくならなかった。

「葵は、葵は……」
熱で朦朧とする意識の中、私はなん度も葵の名前を呼んでいたらしい。
やっと熱が引いて学校に着くと、教室は入院している葵の話題で持ちきりだった。
皆が口々に好き勝手な噂を流しては、同情めいた薄い言葉を発し、治るといいね、という言葉で締めくくる。
葵と一番仲の良かった私には、話しかけ辛いのか誰も近寄ってこなかった。
机に座って、空いた葵の席を見つめていると、教室に担任の良知先生が入ってきた。
ざわついている生徒に対して、静かに、と二回注意すると、ようやく部屋は静まった。

「清峰は、今も入院中だ。まだ本人自身色々と受け入れられてないことが多くて戸惑っていると思う。でも清峰は強い子だから、皆でよくなるのを待とう。きっと大丈夫だ」
葵は強い子だから、大丈夫?
全く根拠のない楽観視に腹が立ち、私は気付いたら椅子から立ち上がって、良知先生に意見をしていた。
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