君の未来に、僕はいない
漫画の隙間から葵をちらりと見ると、彼はサッと目をそらした。
なんとなく腹が立ってクッションを投げると、葵は座椅子にいる私のもとへ近づいて、私の手をグイッと引っ張った。
それから、祈りを捧げるように手を額に当てて、そっと目を閉じた。

「ちょっと、今日は予知してなんて言ってないよ」
そう言っても、彼は静かに目を閉じて、私の知らない私の未来を読んでいる。
まるでこの世界の音を忘れないように、祈りを捧げるように。
百パーセント当たる占い師に占ってもらうというのも、ドキドキしすぎて心臓に悪いな。あれは半信半疑だからよいのだ。
暫くすると、葵はそっと目を開けて、紙とペンを持ってなにかをさらさらと書き出した。

「なに、なんか不幸なことが起こってた?」
不安げに聞くと、葵は首を横に振って、簡単に描いた石膏像の絵を私に見せた。
「なにこれ……マルスの石膏像かな……? 待って、来週のデッサンの課題これってこと? ちょっと葵、私それ知りたくなかったよ、ずるみたいになるっ」
葵の絵を見て、来週の予定と重ねた私は、葵がなにを予知したのかを理解して思わず声を荒げてしまった。
来週は、制限時間内に石膏像のデッサンを描く課題がある。私は石膏像のデッサンがとても苦手で、いつも成績が悪く順位も最下位だったりした。
成績が悪い度に自信喪失し、受験のモチベーションも下がっていたが、かといってずるをしていい成績をとっても意味がない。
無論、課題を先に知ったからと言って私が事前に練習をしたりしなければいいだけなのだが、一度知ってしまった有益な情報を意識しないなんて無理だ。
余計な情報を教えてくれたな。そんな思いでいっぱいになって、私は葵の肩をわりと強めに殴った。
葵はごめんね、という手話を軽くしたが、表情からはまったく謝罪の気持ちが読み取れなかった。

彼は、世界の音を忘れないために私の未来を予知する。頭に流れ込む映像では、まるで普通に映画を観ているときのように音が心に流れ込んでくるらしい。
そのことを知っているから、私は彼が未来を予知することを強く止められない。
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