君の未来に、僕はいない
喉の奥の奥から喚き泣き叫びたい。
もうだめだ。もう無理だ。立ち直れない。ここから立ち上がれる気が全くしない。

葵、私はまだ君に言っていないことがある。
君は自分からピアノを弾いたら何も残らないと言ったけど、それは違う。
今ならあの数式の答えを、自信をもって書ける。

君からピアノを弾いたら、ゼロじゃない。君が残る。無くならない。生きてる限り、なんだってできる。
私は、何にもなれないし、平凡で、才能もない。けれど、下手くそでも、賞を貰えなくても、絵を描いている時だけは、生きてるって思える。
それはきっと、何にも代えられないくらい特別な時間なんだろう。そのことに、君のお陰でやっと気づけたのに。

『君の未来に僕はいないよ』。

君は、あの時はっきりとそう予言した。
そして、その予言から一週間後、君は本当に私の前からいなくなった。
葵の予言が外れることは一度もなかった。
葵が私に嘘をつくことも一度もなかった。

私から離れなくてはならないと知りながら、あの一週間君はどんな気持ちで私といたのだろう。
離れていくものを先に知ってしまうことは、一体どんなに苦しいことだろう。

君は、何かを諦めて世界を達観している時があった。
嬉しいも悲しいも切ないも愛しいも感じずに、陶器のように冷たく静かな心臓を機械的に動かしている。
あの心臓に血を通わせてあげたいと、なん度も思った。

こんな感情を、「好き」だなんてそんな単純な言葉では語れない。語れるわけがない。

両親の四十九日のあの日、私の絵を好きだと言ってくれたあのひと言が、どれだけ私の人生を支えてくれたのか、君は知らないでしょう。

嫉妬も、悔しいも、悲しいも、愛しいも、嬉しいも、君と一緒にいたから知ることができた。
決して綺麗なものだけじゃなかった。だけど、生きていくうえで大切な時間だった。

そんな君を失った穴を埋めるのに、一体どれほどの時間がかかるだろうか。
途方もなくて、涙しか出ない。

……私は、昼休みに葵のカノンを聴いていた頃を思い出して、涙でぬれた鍵盤に指を添えた。
ポーンという音が部屋に広がって、私は一度天井を見上げた。
それから、ゆっくりと一本指でカノンの演奏を始めた。

どうか、葵に届きますように。
頼むよ神様、それくらい叶えてよ。

そう願って、葵への想いを指先に込めた。

……その時だった。
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