君の未来に、僕はいない
一週間後、私はいつもより一時間も早く予備校に着いた。
石膏像を描くために最もベストな角度である席をゲットするために、課題のある日は早く予備校に向かう生徒が多い。
私は一番目に名前を書き、最も描きやすい席を選ぶ権利を得た。

「うわー、一番取られた」
休憩室で朝ご飯を耐えながら、教室が開くのを待っていると、日吉が悔しそうな表情で部屋に入ってきた。
おにぎりを食べている私の目の前にどかっと座って、コンビニの袋をがさがさと雑に漁り始める。
今日も赤いアシメの前髪をセットしている彼は、今日こそは一番いい席を取ろうと意気込んでいた様子だ。
「ちょっと、早く目が覚めちゃって」
少し気まずくなり、私は小さな声で言葉を返した。
日吉はいつだって全力で嘘がない。そのスタイルが絵にもよく出ている。
自分が得意なモチーフはずば抜けてセンスを発揮するし、自分が不得意なモチーフは分かりやすく完成度が落ちる。
そのまだらなところは、彼の良さであると私は思っている。もし自分が得意なモチーフが試験の課題になったら、彼は間違いなく藝大に受かるだろう。
彼の得意分野に対する底力は、ブラックホールのように無限で、恐ろしい。私にもそんな得意なモチーフがあったならと思うことはなん度もあった。
「皆、もう入っていいぞ」
先生の合図を聞いて、生徒たちはモチーフが用意された教室へ入る。ぴりついた空気の中心に、今日描くことになる課題が用意されている。
そこには、葵が予想した通りボルゲーゼのマルス胸像がひっそりと重く佇んでいた。
それを見た瞬間、私は今更ながら自分がずるをしたことを後悔した。どくんと心臓が撥ねて、手のひらには汗がじっとりと浮き出てくる。
皆誰しも、今からこの像と向き合って自分の全てをぶつけるプレッシャーと戦っているというのに、私は。
いや、でも今はとにかく描くことに集中しないと。
色んな葛藤をしながら、私は鉛筆を握った。
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