イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「あの、空木さん」



名前を呼ぶと、またあのドキッとする流し目を向けられる。

この人、自分の目元が魅力的だってわかっていてやっているのだろうか。だとしたら、相当タチが悪い。



「ご迷惑おかけして、すみませんでした。あとは自分で、なんとかしますので」

「なんとかって? あの兄貴とじーさんとやらを完膚なきまでに説き伏せる名案でもあるのか?」

「う……そ、それはまた、これから考えますけど」



胡乱な眼差しで訊ねてくる空木さんに、ボソボソと答えた。

今すぐ案は浮かばないけど、だからって、これ以上彼を巻き込んで迷惑をかけるわけにはいかない。

ついさっき空木さんが演じてくれた偽の彼氏役は、私の中で100点満点で。またあの“恋人としての空木さん”の顔を見てみたいななんて、正直思わなくもないけれど。

でももう、私からはそんなおこがましいお願いなんてできない。だってもう、十分迷惑をかけてしまっているんだもの。



「巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした。あ、あの、せめて最後に何かお礼を……」



──コツン。

言葉の途中、それまでBGMと化していた空木さんの指先とテーブルの接触音が突然消えた。

そしてテーブルの上に置いていた私の左手に、そっとあたたかいものが触れる。

驚いて視線を落とせば、それは空木さんの右手で。すっぽりと私の手を包み込むその手の大きさにドギマギしながら、彼を見上げた。



「う、空木さん?」

「志桜」



引く甘い声に名前をささやかれ、身体に電流が走ったかと思う。

丹念に磨りあげた墨のような、その黒く澄んだ美しい瞳に囚われて動けない。

なんで、名前を呼び捨て? なんで、手を握る?

たぶん私、顔真っ赤だ。身体中熱くて、頭もくらくらする。

それでも混乱しきったまま、なんとか言葉を紡ごうとした。
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