イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「え、えと、空木さ──」

「あんた今、ドキドキしてるだろ?」

「はい?」



真顔の彼に、淡々と問いかけられた。

さっきまでと急激に熱量が減少した声色に拍子抜けしつつ、それでも素直にうなずいてしまう。



「ふぁ、はい……」

「一緒にいて、ドキドキできる。顔やら勤め先やら年齢やらのスペックも悪くない。つまりじーさんに紹介する偽の彼氏役として、俺に不足はないよな?」



……ん? んん??

『じーさんに紹介する偽の彼氏役』とは、まさか……。

私の思考を読んだかのように、至極気だるそうな表情の空木さんがパッと私の手を離した。



「面倒だが、特別に付き合ってやる。1ヶ月後の顔合わせ」

「え……えぇっ?!」



驚きのあまり、少し大きな声が出てしまった。

ギロリと空木さんに睨まれて我に返り、今度はひそめた声音で聞き返す。



「え、い、いいんですか……?」

「自分が一度は引き受けた案件だから、最後まで責任は持つ。それに……」



まるで仕事をしているかのような口ぶりで言ってから、彼はニヤリと若干黒い笑みを浮かべた。



「ミスミ電機本社の課長さまとの縁を、これきりにしてしまうのは正直惜しい。のちのち別れたことにするとしても、あんたの兄貴から見て俺がいい印象を残せるように円満な別れ方を考えてやるよ」



まさかの“目的はお兄ちゃん宣言”が来た。いやでもまあたしかに、お兄ちゃんの勤めるミスミ電機は家電量販店チェーン業界でも最大手の、子どもから大人まで誰もが知っている有名な企業だ。

空木さんのいる豊臣商事だって、貿易やら不動産業やら手広くやっている大企業。29歳にしてそこの営業主任だという空木さんは、かなり仕事ができるエリートなのだと想像がつく。

きっと今までもこうして、チャンスを逃さずモノにしてきたのだろう。
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