イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「あと先に言っとくけど。俺はあんたみたいに男性経験のひとつもない女に手ぇ出す気はないし……間違っても、俺のことすきになったりするなよ。面倒くさいから」

「な……っなりませんよ!」



お兄ちゃんの前で演技をしていたときと、先ほど手を握られたとき。うっかりときめいてしまった事実は棚に上げ、私は噛みつくように答えた。

しかもこの人、『男性経験のひとつもない女』とか言った?! 図星とはいえ、ひどすぎじゃない?!

今度は羞恥に加え怒りのせいで身体に生まれた熱を逃がすように、細長い息を吐く。


……だけど、空木さんは無茶な私のお願いをきいてくれた。しかも当初の予定とは全然違う方向に話が進んでしまっているのに、それでも協力してくれると言ってくれた。

口はものすごく悪いけど……優しい人、なのだと思う。じゃなきゃ最初に話しかけた時点で、逃げられてるもんね。

私はテーブルに置いた両手をぎゅっと握りしめ、改めて、空木さんと向かい合った。



「あの、空木さん。この度はウチの事情に巻き込んでしまってすみません。ご協力くださって、本当にありがとうございます」



そこで一度深く頭を下げ、そのあと空木さんの端整な顔をまっすぐに見上げる。



「空木さんの足を引っぱらないように、精いっぱいがんばります。1ヶ月間、どうぞよろしくお願いします」

「……ああ。こちらこそ」



一瞬不意を突かれたような顔をした彼は、それでも私の言葉にうなずいてくれた。

うれしくて、目を合わせたまま思わず頬が緩む。



「ありがとうございます。あっ、お礼に私ができることだったらなんでもしますから! 何かあれば、遠慮なくどうぞ!」



満面の笑みで言えば、私を見下ろす空木さんがなぜかそこで苦虫を噛み潰したような顔をした。



「……あんた、男に軽々しくそういうこと言わない方がいいぞ」

「え?」



歯切れ悪くつぶやかれた言葉の意味がよくわからなくて、首をかしげる。

そんな私の様子に、空木さんは小さくため息。
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